九郎生誕記念ショートSS・ヒノエ編

君へ贈りたいもの

熊野にある中でもかなり大きいだろうと思われる屋敷の一つ、その屋敷の一室で九郎は目の前に広げられた綺麗な刺繍で彩られた着物を見つめ、目を瞬かせた。

「…これは…?」

見た目だけでもその着物がかなりの高価な物である事が、身を着飾る事など興味も特になくそういう知識もあるとは言えない九郎でも良く解るほど、その着物は素晴らしい職人技で作り出されたものである。

それが何故今自分の目の前に当たり前のように持ち出されているのだろうかと、九郎は不思議そうな顔をして。

「…ちょっと前に交易品の中で見つけたんだよ。名のある職人が作った唐渡りの品さ」
「そうなのか。それは解ったが、何故俺にこれを見せたんだ?」

一応男性用の着物ではあるらしいが、殿上人ならともかく武士の自分がその真の価値を理解出来るとは九郎には思えない。
けれど、そんな九郎の思いには気付いているのかいないのかヒノエは話を続ける。

「一目見て気に入ったから、仕事は関係なく個人的に買い取っておいたんだ…」
「…いや、そうじゃなくて…何故これを俺に見せたと訊いているんだ」

噛み合わない話に辟易しつつ九郎はもう一度同じ事を問う。
するとヒノエはクスクスと笑った。笑われた事に九郎がムスッと眉を歪ませる。

「…似合うと思ったんだ、九郎にさ」
「え…?」

耳に入ってきたヒノエの言葉に九郎は一瞬自分の耳を疑う。
似合う…?何を言ってるんだ…?という顔でヒノエをまじまじと見る。

「だからこれはお前への贈り物だよ、今日は特別な日だからね」
「贈り物…今日は特別な日って…?」

今日の何が特別な日だと言うのかと九郎は思考を巡らせる。だが、特にこれといった事は思い浮かばない。そんな九郎を、ヒノエは自分の方へ引き寄せるとその耳元へ柔らかな声で囁いた。

「ふふっ、今日は九郎の生まれた日だろ…だからそのお祝いだよ」
「あ…誕生日…」

いつだったか白龍の神子・望美が教えてくれた彼女の世界での大切な人の生まれた日を祝う風習。それを思い出して九郎は、そういえば暦上で今日は自分がこの世に生まれてきた日だったのだと今更ながら気付いた。

「ねぇ、九郎…この贈り物、受け取ってくれるかい?」
「…ヒノエ…ああ、ありがとう…」

優しい眼差しで見つめながら言われて、気恥ずかしい気持ちになりながらも九郎は頷いて礼を言った。するとヒノエが嬉しそうに微笑う。

「…オレが着替えさせてあげる…」
「え…?着替えって…うわっ、ま…待て、ぬーがすーなーっ!」

言うが早いか九郎の着ていた衣を脱がしにかかるヒノエに、無駄な抵抗と知りつつも九郎は脱がされまいと必死に抗議する。

「…脱がさなきゃ着替えさせられないじゃん…観念しなよ…」
「わっ…や、どこ触って…ヒノエ…っ」

虚しい抵抗をしてくる九郎を黙らせるようにヒノエの手が九郎の腰を撫で、九郎はピクッと体を震わせる。

「折角の贈り物なんだから着て貰わないと贈った意味がないからね…ほら、出来た」
「うー―――――…」

結局抵抗の甲斐なく九郎はヒノエの贈り物の着物にいとも容易く着替えさせられてしまった。全く抵抗敵わなかった事に九郎が文句を言いたそうに唇を噛んで睨んでいる。
その顔が反則的に可愛い事など九郎自身は露とも知らないのだが。

「…やっぱり良く似合ってるよ、オレの見立てに間違いはなかったね」

拗ねてしまった可愛らしい恋人の機嫌を取るべく、ヒノエは手のひらで掬い上げた九郎の右手の甲にちゅっと啄ばむだけの口付けを贈って。

「…改めて惚れ直したよ、オレの姫君…」
「…恥ずかしい事を言うな、馬鹿…」

腕の中に自分からの贈り物に身を包んだ九郎の体を抱き寄せると、そんな風に悪態を吐きながら九郎は照れて火照った頬をヒノエの胸元に摺り寄せてくる。
ああ、何て愛しいんだろう…そう思いながらヒノエは擦り寄ってきた九郎の体を優しく抱き締める。

「…誕生日、おめでとう…九郎」

自分の生まれた事を祝ってくれるヒノエの穏やかな声を聴きながら、九郎は伸ばした腕でそっとヒノエの背を包んで瞼を閉じた―――――。


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