九郎生誕記念ショートSS・全員編

秋の宴

その日は皆、朝からバタバタと忙しかった。
高館に身を置かせてもらっている九郎一行は、ほとんどの面々が取り付く島もない様子で忙しそうにしている、ただ一人九郎を除いて。

一体どうしたのかと尋ねて回る九郎だが、誰も九郎の相手をしている余裕はないという様子で、九郎は訳も分からないまま庭先へ出て金の背を撫でていた。

「…一体皆は何を忙しそうにしているんだろうな…」

くぅん…と鳴くだけで九郎に言葉を返せない金に一人ごちるように話しながら、九郎は忙しそうな面々の様子を思い返す。

『悪ィ、今手離せねぇんだ…後にしてくれないか?』

申し訳なさそうにそう言って謝ると何やら大きな荷物を抱えて出掛けて行ったのは将臣だった。

『…ごめんね、九郎。声をかけてくれたのは嬉しいんだけど今大事な話をしている所なんだ…』
『済みません、九郎…君を煩わせるような事ではないので席を外してもらえますか?』

二人で話をしていたらしいヒノエと弁慶は、九郎が声をかけたのに気付くと丁寧に謝ってから口々にそう言った。

『全く…下らぬ余興に付き合っている暇など俺にはないのだがな…御館も人が悪い』
『…九郎殿どうか気を落とされずに…皆様方も悪気がある訳ではないのです』

仏頂面でそう言った泰衡と、相手にされずに落ち込み始めている九郎を気遣う銀も、やはり多くは語ってくれなかった。

『…済まない、九郎殿…これから街へ買い物にいくのだ』
『買い物は私達だけで十分だ、九郎はここでゆっくりしていなさい』

高館を出かける直前だった敦盛とリズヴァーンを呼び止めれば、返ってきたのはそんな言葉だった。

『ああ、九郎さんでしたか…今日はこれから沢山料理を作らなきゃいけないんです』
『そういう訳だから今はお話している余裕はないの…ごめんなさい、九郎殿』

様々な食材を調理場に運び込みながら答えたのは譲と朔だ。どう見ても忙しそうなのは明らかだった。

『神子…九郎の気が乱れてるよ…』
『う…ものすごく落ち込んでる…ごめんね、九郎さん。でも夜にはきっといい事があるから…今は我慢してくれますか?』
『そうそう、辛気臭い顔をしていては幸福が逃げてしまうぞ、九郎殿』

本格的に落ち込んでしまった九郎に、やはり多くは語らずに他の皆と同じく忙しそうな望美と白龍と秀衡は口々にそれだけ言って自分の用事を優先してしまった。

「…駄目だな、考えた所で理由など解らん…」

朝から何度目になるか分からない溜息を落として、九郎は暇を持て余すように何度も金の柔らかな体毛を撫でる。
皆の様子を思い返したとて、解答は少しも見出せなかった。

くぅーんという金の鳴き声が現在唯一蚊帳の外の九郎の相手をしてくれる存在で。

「俺はそんなに皆にとって邪魔なのだろうか…などとお前に言った所で答えが出る訳でもないか」

はぁ…と、また小さく溜息が零れる。
ぽふっと金のふかふかの体に抱きついてみる。少し落ち込んでいた気分が安らいだ気がした。

「…お前の体は暖かいな…金…」

金の人より高い体温に安堵した為か、眠気を誘われて九郎の瞼が重くなる。
程なくして、九郎は金を腕に抱き締めたまま眠りに落ちた。



「…ろう、九郎。こんな所で寝ていたら風邪を引くよ?」
「…ん…」

あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろう。
名を呼びながら体を揺り動かす存在に、眠りの淵に落ちていた九郎の意識が急上昇した。

瞼を擦りながら半覚醒の状態で身を起こした九郎を暖かな手が包む。

「…起きたかい、姫君?」
「君という人は…無用心ですよ、寒くはないですか?」

いつの間にか既に日が傾き始めていた。まだ覚醒しきらない思考のままそれを認識した九郎に届いたのはヒノエと弁慶の声だ。

「…ヒノエ…?弁慶…?」

やっと意識がしっかりとしてきたのか、眼前の二人に気付いて呟いた九郎にヒノエと弁慶が頷く。
ずっと庭先で金を抱いたまま寝ていた為に少し冷えた九郎の体に、二人は防寒着代わりの衣を羽織らせる。

「もう話は終わったのか…?」

自分を構う余裕がないほど忙しそうだった二人の様子を思い出して九郎が尋ねると、一瞬顔を見合わせて笑った後ヒノエと弁慶は同時に九郎へと手を差し出した。

「そんなのはとっくに終わったよ…他の皆の準備も整ったみたいだからね、こうして迎えに来たって訳さ」
「え…?」

ヒノエの話す言葉の内容が見えず、九郎はきょとんとしてヒノエを見やる。

「君に内緒にしていて済みませんでした…だけど準備が整うまでは君に知られては都合が悪かったんです」
「…何を言ってるんだ、お前達…?」

弁慶も九郎には少しも理解出来ない事を話してくる為、九郎の思考は小さな混乱を起こし始める。

「行けば解るから、おいで九郎?」
「僕達と一緒に来て下さい、皆九郎を待っています」

もう何が何だか解らず九郎は脳裏に沢山の?マークを浮かべながら、誘われるままにヒノエと弁慶の後をついていく。その後を数時間以上も九郎の抱き枕になっていた金もついていった。



ヒノエと弁慶に流されるままに連れて来られた場所には、先程の弁慶の言葉通り朝からバタバタとしていた面々が顔を揃えていた。
望美を始め、将臣・譲・敦盛・リズヴァーン・朔・白龍・秀衡・銀、更には渋っている様子だった泰衡までもがその場所には揃っていたのだ。

「望美…将臣、皆も…御館に泰衡殿や銀まで…これは一体…?」

朝には忙しそうで話している余裕さえなかった者達が一同に会している状況に、九郎は益々混乱して。

綺麗に盛り付けられた数々の料理と、盛大に飾り付けられた空間と、揃い踏みしている面々と。
事情を知らぬ者が見ても豪奢な宴が催されるのだろうという事は容易く想像が出来よう。

「皆、準備はいい?」

未だ事情を飲み込めていないらしい九郎を他所に、望美が他の者達へと合図を送る。いつの間にか九郎を連れてきたヒノエと弁慶、そして金も望美達のいる方へと加わっている。
そして望美の合図に一同が承諾すると、せーの、という望美の掛け声に続いて一斉に皆が口を開いた。

「お誕生日、おめでとう!」

九郎を除く全員の声が重なり合い、宴の始まりを告げる。
慣れぬ事にどういう顔をしていいか困り果てる者、心からこの瞬間を喜んでいる者、場を盛り上げようとしている者…様々な思いはあれど皆が今日というこの日を祝福していた。

「…え…?」

思いもかけなかったこの不測の事態に、九郎はただ目を丸くするばかりだ。

「おいおい、何ボケーっとしてんだよ?」
「今日、11月9日は君の生まれてきた日でしょう?」
「だからこうして皆でお前を祝う場を設けたんだぜ?」

訳が解らず呆けている九郎に将臣と弁慶とヒノエが順に声をかける。

「神子殿と御館がどうしても…というから態々時間と場所を提供やったのだからそのような腑抜けた面でいられては迷惑だ…」
「…そんな言い方では伝わるものも伝わりませんよ、泰衡様…」
「煩いぞ、銀…」

今度は泰衡が相変わらずの仏頂面でそんな風に言ってくる。それをやんわりと受け流してフォローしまう辺り、銀はなかなかの豪の者だ。

「黙っていて、悪かった…神子に準備が出来るまで黙っていて欲しいと頼まれていたのだ…」
「直前まで内密にして九郎をびっくりさせたい、そう神子は言っていた…」

敦盛とリズヴァーンは望美に頼まれて飾り付けの材料を買い出しに行ったり飾り付けを手伝っていたらしい。望美の思惑を九郎へと話しながら、その事も話してくれた。

「俺達は少しでも九郎さんが元気になってくれればと、心を籠めてこの料理を作りました」
「皆、ここへ来てからも九郎殿が元気がない事に気付いていたの。だからどうにかして元気付けられたら…と思っていたのよ」

譲と朔が大量の食材と格闘していたのは全てこの為であった。九郎の誕生日という絶好の機会に九郎を祝う宴を開きたいという望美の希望に応えて、誠心誠意を籠めて用意したのだ。

「皆、九郎が好き…だから九郎が元気がない事が辛かった」
「せっかくこの平泉におるというのに九郎殿が沈んだ顔ばかりしているのがわしも心配だった…」
「だから、皆で九郎さんの事をお祝いしたら元気になってくれるかも…って、そう思って皆に協力を頼んだの」

兄に裏切られ、景時という友を失った九郎は、いつも作ったような笑みで平気な振りをしている反面で心に負った傷を引き摺り続けていた。そんな九郎を見かねて望美は何とか九郎に元気になって欲しくてこの企画を立てたのだ。
誰にでも分け隔てなく接し多くの者から慕われている九郎を祝う事に異存を唱えるものはなく、九郎を祝う計画は当の本人の預かり知らぬ所で秘密裏に進められたという訳である。

「生まれた日を祝うのは私の世界の風習だけど、ここで九郎さんを祝っちゃいけないっていう決まりなんかないし、これで九郎さんが元気になってくれるなら、それだけで価値があると思ったんです」

望美の言葉に、九郎の胸が熱くなる。
迷惑に思われているどころか、こんなにも皆に必要とされていた。それがただ、嬉しくて。
兄にさえ、旧友にさえ必要とされなくなった自分をまだ必要だと言ってくれる、生まれてきた事を祝ってくれる。
感謝してもし足りない思いで九郎の心は嬉しさにはちきれてしまいそうだ。

「…っ、あり…がとう…ありがとう、望美…皆…」

ツ…と九郎の頬を嬉しさから来る涙が伝う。皆の心意気に感極まってしまったのだろう。

「…泣くなよ、九郎。それより、こっち来いって」
「そうそう、主役がいなきゃ宴を始められないよ、姫君?」
「…君の為の宴です、涙は拭いて楽しんで下さい」

立ち尽くして涙を零し続ける九郎の元へと歩み寄って、将臣・ヒノエ・弁慶が九郎を宴の主役席へと招く。導かれるままに九郎は自分の為に用意されたその席へと腰を下ろした。

「それじゃあ料理が冷めてしまわない内に始めましょう」
「そうね、それでは皆席へついて…」

譲と朔が手際よく乾杯の為の杯を用意していき、皆がそれぞれ席へとつく。
完全に準備が出来た頃合を見計らって、望美が杯を手に乾杯の音頭を取った。

「じゃあ、今年の九郎さんの誕生日を祝って…乾杯!」

皆が望美に教えられたように杯を軽く頭上に掲げたのを合図に、九郎を祝う為の宴が幕を開いた。
そうして宴が進むにつれ、九郎の顔に笑顔が浮かぶようになった。

夢のような暖かで穏やかな時間に、九郎は心から感謝せずにいられなかった…そして願った、どうかこの先も彼らと共に在る事が出来ますように、と…。

九郎のそんな些細な願いを乗せて、終わりのないような宴の夜は更けていった―――――。


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