春の日の些細な出来心
ベッドのシーツの中、不機嫌な表情を隠そうともせずに銀朱は目前の玄冬を上目に睨んでいた。
その様子に、短い嘆息が玄冬から零れる。
「…いい加減にその眉間の皺を引っ込めないか…?」
「…誰の所為だ、都合のいい事を言うな」
指摘された眉間の皺を、引っ込めるどころかより深くして銀朱は吐き捨てるように呟く。
「…だから、謝っただろう」
「謝ったからといって…済む問題では…っ」
先程から何度も繰り返しているこのようなやり取りを何とか止めるべく、銀朱の言葉が終わりきらない内に玄冬がその銀朱の唇を己のそれで塞ぎ、銀朱の体が強張り動きが一瞬止まる。
「…っ…ん…ぅん…っ」
すぐに唇が離され、乱れた呼気を整えつつ銀朱はまたも玄冬を鋭い視線で見やる。
そもそもの事の起こりは数時間前に遡る。
いつものように執務室で執務に追われていた銀朱の所へ、玄冬が何やら包みのようなものを持って訪れたのだ。
訪れた玄冬はそのやや大きめの包みを銀朱の執務に使っている机へ置き、状況を把握していない銀朱の前で開けて見せた。
そこには鮮やかな色使いの、彩ではあまり見ないような衣服があった。普段見慣れないものに銀朱は怪訝な顔をしつつも玄冬とその衣服を交互に見やって。
すると、玄冬が複雑な顔をしている銀朱に説明をした、その衣服が城の侍女達から入手したもので、着物という他国の服なのだという事を。
しかし、当然銀朱には何故それが自分の前に置かれたのか分からない。それ故に戸惑っていると、腕を引かれ執務室から自室へと移動させられた。勿論着物は玄冬が再び手に持って。
やりかけの執務を気にしつつ部屋へ戻ると、玄冬にベッドへと座らされ着ていた軍服と下着類を脱がされた。勿論抵抗はしたものの、意外に玄冬は体格もよく力もあって、その抵抗は徒労だった。
悔しさに唇を噛み締めていると、先程見せられた着物を着せられた。鮮やかな桃色のその着物は、とても男性の着る物ではないように思ったが、反論をするより先にベッドへと押し倒されてしまい、それも出来なかった。
着物に合わせた紅を唇につけられ、そのままで僅かに着物の前をはだけられ抵抗できず、まだ陽も高いというのに玄冬に抱かれた。首筋や鎖骨に口付けの痕を残し、下着がなく剥き出しの前を触られ、熱いものを体の奥に穿たれ…。
強引なその行為が一通り終わった頃には、銀朱はやり残している仕事をするだけの気力を残していなかった。
そうして現在に至るという訳である。
機嫌が悪いのは、玄冬が理由も告げず抵抗も許さずこのような行動を取ったからに他ならない。
「…悪かった、強引な事をして…ただ、俺は今日があんたの…」
「…今日が…何だと…」
観念したように口を開いて再度の謝罪をする玄冬の言葉が詰まったのを、銀朱は怪訝な眼差しで見る。
今日。
玄冬が言う今日が何の日であるか、そこで漸く銀朱は思い出す。
「…俺の…誕生日…?玄冬…そんな事を、覚えていたのか…?」
3月3日。銀朱がこの世に生まれてきた日だ。
今日は、その日であった。
忙しい毎日に本人ですら忘れていた事を、ただ一度聞いただけの玄冬は覚えていたのだ。
「だから…その着物はあんたに贈るつもりで、持ってきた。…強引に抱いたのは、あんたの誕生日を一緒に祝いたかったからだ…」
「…だ、だったら何故初めからそう言わなかった?言えば俺とて…」
言葉を選ぶように告げる玄冬に、驚きに眼を瞬かせながら銀朱はそう呟く。
そんな銀朱を抱き寄せ、近くなった耳元へとそっと玄冬が囁く。
「言ったとしても、あんたは照れて恥ずかしがって素直に祝われてくれないだろ。だから…強引な手段に出た。それに、言ったら職務が終わるまでお預けを食いそうだったしな…」
そこまで一気に告げて、一呼吸置いてからまた、口を開いて。
「…折角の銀朱が生まれてきた日に、職務にあんたを奪られたくなかった…」
「…っ…!?」
耳元を擽る低音の声に、かかる熱い吐息に、銀朱の鼓動は跳ね、体温も急上昇する。
羞恥に全身が火照ったかのようで、玄冬の腕に抱かれたまま、銀朱は瞳を僅かに伏せて。
「…玄冬、貴様は少し恥を知れ…」
羞恥を隠すように玄冬の胸元に顔を埋め、微かに上ずった声で吐き捨てる。けれどそれは玄冬をより煽るだけで。
「…銀朱が慣れてなさすぎなだけだと思うが…?」
「…うるさい」
クスクスと笑う玄冬にそんな悪態をつく銀朱だが、逃げようとはしない所を見ると本当に照れているだけの様子だ。
「…言っても構わないな…?…誕生日、おめでとう…銀朱…」
「…っ…玄、冬…」
埋めていた顔の、顎を取られて合わさった視線の先に見た玄冬の表情に、銀朱は魅入られたかのように釘付けになった。
鼓動が早くなるのを感じながら、これまでに見た事もないような穏やかな微笑みで自分を見ている玄冬から目が離せず。
「…し、仕方ないからこれは貰ってやる…っ。ついでに、誕生日も祝われてやる、それでいいだろうっ?」
けれどなかなか素直にはなれない銀朱はそう言うのがやっとで。
それを、玄冬も分かっていたのだろう。
それ以上は何も言わず、ただ錯覚さえ伴うような優しい腕で、何かから守るかのように銀朱を強く抱き締める。
その腕の温もりが心地よくて。
「…あ、ありが…とう…」
消え入りそうな、小さな小さな声で、湧き上がってきた思いを言葉にした。
玄冬の手が銀朱の髪をそっと、梳いていく。労わるように、愛しむように。
ふと、見上げた玄冬は先程の穏やかな笑みを湛えていた。
その眼差しに心が安らぐのを自覚しながら、忙しい日々に疲れた体を玄冬に預け、銀朱はそっと眠気に重くなった瞼を閉じた―――――。
漸くショートSS完成です。しかしショートという割にそこそこ長い気も…他所様で言うショートSSよりは長いですね、多分(笑)
結構甘い感じになったかと思いますが、どうでしょう。
不言実行派だな、うちの玄冬…(笑)そりゃ銀朱も戸惑うし抵抗もするよ(爆)
でもその不言実行な玄冬に少しずつ落ち始めているらしいです、この隊長は。そういうのが萌えだなん♪
うん、玄銀も書くのが楽しくて良いですわv
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