君の隣
寒風が肌を刺す。吐く息は白く、周りの気温が相当に低い事を示していた。
そんな冬空の中、厚手のコートに身を包んで、花を散らし裸になっている枯れ木を見つめながら、もう何時間こうして佇んでいるだろうか。

「…遅いですね」

待ち人は予定の時刻を過ぎても姿を見せず、弁慶は一人待ちぼうけを食らっている。

(仕方ない…もう少し待ちますか)

待ち合わせの相手が約束をすっぽかした、という事は…その相手に限ってそれはないと弁慶は確信を持っている。きっと急な予定でも入ったのだろう思う事にした。
それに、今日は休暇を取っているから何時間かかろうとも待てるという自負もある。

ふと、コートのポケットを探る。そこから取り出した携帯電話の液晶画面には連絡のあった形跡はなくて。

(連絡、しておいた方がいい…かもしれませんね。まぁあの人の事だから未だに使い方が解らず返事は返せない可能性が高いですが)

そう思いながら、折りたたみ式の携帯電話を開いて、メール作成画面を表示させる。解りやすく、簡単な言葉で、弁慶は待ち人へのメールを打ち込んだ。

(こんなものですか…)

文面を一度確認し、送信ボタンを押そうとした丁度その瞬間、弁慶の耳に自分を呼ぶ待ち人の声が届いた。送信前のメール画面はそのままに携帯を閉じ、弁慶は声のした方へ視線を向ける。

「…弁慶っ、済まない遅くなった…っ」

蜜柑色の長い髪を揺らしながら姿を見せたのは九郎だった。余程急いで来たらしく、僅かに呼吸が乱れている。
息を整えつつ申し訳なさそうに話しかけてくる九郎を、弁慶はいつもの柔らかな表情で迎える。

「いえ、僕は構いませんよ」
「だが…俺から誘っておいて遅れたんだ、済まなかったな」

しかし、弁慶が気にしていない風でも九郎は律儀にもう一度謝罪の言葉を告げた。本当ならもっと早く、それこそ待ち合わせの時間に間に合わせられた筈だったのだ。だが、実際には遅れた事に変わりはないのだから謝るべきだと思っての事だろう。

「…そんなに気にしないで下さい。それより君が約束の時刻に遅れるという事は、何か困った事でもありましたか…?」

九郎が約束の時間に遅れる事は珍しい。しかも、何の理由もなく遅れるなどという事は今までにあった事などない。だから弁慶には九郎が遅れた事そのものよりも、遅れた理由の方が気になった。

「え…いや、それは…」
「…九郎?」

しかし、それを訊いてはまずかったのだろうか、九郎は途端に焦るように口篭り視線を彷徨わせた。弁慶の訝るような視線に、困ったような表情を浮かべる。

「…黙っていては解りませんよ。どうかしたんですか?」
「…別に、どうもしない…」

とても言葉の通りには見えない表情で呟く九郎に、弁慶は苦笑を乗せて距離を詰める。そして、困惑の顔の九郎を正面からじっと見た。

九郎の顔が朱に染まる。

「君は相変わらず嘘が下手ですね…そんな顔をして、どうもしない訳がないでしょう」

簡単に見抜かれて、九郎は複雑な気持ちで弁慶から視線を逸らした。それと同時に、一つの袋を弁慶の目の前に突き出した。

「…?これは…?」
「…それが、遅くなった理由だ」

そう言いながら、九郎は弁慶の手に袋の取っ手を握らせる。そしてまた視線を逸らして、小さな声で呟いた。

「…今日は、お前の誕生日…だろう」

誕生日。
そう言われて、そういえば今日はそうだったと思い出す。
では、九郎がこの袋を弁慶に渡したという事は…。

「…これを、僕に…?」

恥ずかしいからなのか九郎が視線を逸らしたままで頷く。
それだけで、弁慶の心に嬉しい気持ちが込み上げる。

「開けてみて、良いですか…?」

きっと、これを用意する為に遅くなったのだろう。
こちらの世界へ来てからまだ僅か、早々に慣れた自分と違って未だに馴染みきれていない九郎が贈り物を選ぶのは大変だっただろう。
それを思うと、早く中身を確認したくなった。

少し躊躇うような表情で黙ったまま俯いている九郎の行動を、勝手に肯定の意だと解釈して、弁慶は袋の中にある贈り物を開封した。

そして。
中から出てきたものに唖然とする。

「…九郎、これは…」

九郎を見る弁慶の視線がどういう事なのかと問い詰めているようで、九郎はますます困惑の表情で弁慶から視線を逸らそうとする。

「…九郎」

袋の中から出てきた一風変わった贈り物を頭上に掲げて弁慶が短くそれだけ言うと、ばつが悪そうに九郎はもにょもにょと呟いた。

「俺は…自分で選ぼうと思って…だが何を贈ればいいか解らず、皆に協力して、貰ったんだ…それで…」

なんとなく展開は想像出来た。だが、弁慶は敢えて黙って九郎が話すのを聞く。

「…これがいいと…俺は止めたんだぞっ、だが、勝手に支払いに行って…」

たどたどしい九郎の言葉は主語などが抜けていてやや解り難いが、こんな嫌がらせのような物を選ぶ人間など数は限られている。

「…まったく、戯れが過ぎますね…」

にこやかな表情でそう言った弁慶だが、目は笑っていなかった。

(この僕にこんな物を着ろと…一回僕の恐ろしさを解らせねばなりませんね、あのバカップルには…)

今はこの場に居ない、おそらくこの嫌がらせの首謀者だと思われる神子姫と自分の甥の姿を、脳裏に浮かべて酷薄な微笑を浮かべる。

「…九郎、僕は君のその気持ちだけで十分です…それでも君が気に病むというなら、今夜はずっと…僕の隣にいて下さい」
「…弁慶…」

幸い顔を逸らしていた九郎は弁慶の酷薄な笑みを見てはいない。それをいい事に弁慶は表情を九郎だけに見せるものへと変え、静かに囁いた。

漸く視線を合わせて名を呼んでくれた九郎を腕の中へ引き寄せて、今度は耳元へ囁く。

「…今日が終わるまで…側にいてくれるだけで、構いませんから…」
「…本当に、それだけで良いのか?」

返ってくる九郎の返事に、応えるようにそっと九郎の体を抱き締める。

「あ…」

ふと、何かに気付いて九郎が呟きを漏らした。

「…雪、ですね…」

空から、白く光る結晶がしんしんと降り注いでくる光景に、弁慶も呟く。

「…綺麗だな…」
「ええ…とても、綺麗です」

遠く時空を超えた世界でも、自然の齎す美は変わらない。そして、腕の中の温もりも。
弁慶はこうして側に九郎がいて自分の生まれた日を祝ってくれる事が、その気持ちが本当に嬉しいと思った。




それから数日後。

「…結局、あの服はどうしたんだ?」

九郎は、望美とヒノエが選んで勝手に買ってしまった弁慶へのプレゼントのその後の消息をもらった本人へと問いかけた。
その問いかけに弁慶は怪訝な顔をする。

「ああ、あれは丁重にお返ししましたよ、ヒノエに。使わないものを貰っても仕方ありませんし、支払ったのもヒノエなら僕が貰う義理はないですから」

それに、と弁慶は消息を語ったのに続けて口を開く。

「君からの贈り物は、あの後たっぷり貰いましたからね…あの夜の君もとても可愛かったですよ」
「…っ、可愛いと言うな…っ」

やけに上機嫌でそう囁いた弁慶に、九郎は見る見るうちに頬を紅潮させるのだった。

…なんだ、このバカップル(笑)

大団円ED後の現代に残った設定で書いてみました。
如何でしたでしょうか…?

というか、ヒノエ×望美も設定の中に若干組み込まれていますが(弁慶曰くバカップルだそうで…)一体弁慶に何を着せようとしたんだ?それは、余程弁慶が着たくないものだったのだろうなぁ…。

弁慶さん、何気に黒っぽいですね…でも九郎は弁様の黒い所にまったく気付いていません。どうしよう、うちの九郎、どんどん幼児退行してる…?

何にせよ、これで久しぶりの更新も出来たので、原稿頑張れそうです(笑)

最後になりましたが…遅れましたが、弁慶さんお誕生日おめでとう(*´д`*)

2006,3,3再 up


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