ささやかな想い |
「誕、生日…?何だよ、それ」 イサトは不思議そうに目をぱちくりさせながら、眼前の少女に問いかけた。 「私の世界の風習なの。生まれてきた日の事をそう呼ぶんだけど、その日は親しい間柄の人が誕生日を迎えた人の事をお祝いするんだよ」 話に耳をそばだてるイサトを見ながら、少女―花梨は誕生日が何であるか説明する。 「祝う?」 「そう、この世に生まれてきた事を祝うの」 まだいまいちどういう事か解りかねているイサトは、首を僅かに傾げている。 「何か特別な事でもするのか?」 解らないからこそ興味を惹かれるのだろう。そんな風に花梨に尋ねるイサトの顔は興味津々という様子だ。 「…人によっては宴を開いたりして盛大にお祝いする人もいるかな。でも、何か贈り物をして『おめでとう』って言うだけでも十分嬉しいものなんだよ」 「へー…そうなのか」 花梨の説明に納得してそう返しながら、そういえば…とイサトは思う。 (もうすぐだよな…アイツの誕生日ってヤツは…) そんな事を考えながら脳裏に浮かんだのは…太陽の光の色をした癖っ毛を持つ、イサトにとって何より大切に思う存在。 「イサトくん…?」 黙り込んで何事か考えているイサトに、花梨がどうかしたのかという視線を向けてくる。 「ああ…悪い。お前の話、ためになった…ありがとな」 イサトは花梨がいる前で今は関係のない事を考えた事を謝ると、彼女を安心させるように柔らかな笑みを浮かべた。 花梨を紫姫の館まで送り届けた後、一人になったイサトは先程脳裏を過ぎった事柄について再び思考を巡らせていた。 (誕生日…か。何か贈り物をしておめでとうって言うだけでも構わないとか言ってたけど…) 花梨の言った言葉を思い出しながらイサトは、小さな溜息を零す。真剣に考え込んでいるその表情は、悩んでいるという表現を用いた方がいいかもしれない。 (けど、僧兵見習いに過ぎないオレが…下級とはいえ貴族のアイツに何をやれるって言うんだよ?) 再び零れる溜息。 それは、余りに身分の違う自分が贈ってやれるような物など、そう容易には思いつかないが故の溜息だった。 (まぁ、別にオレが贈り物をしたらいけないって訳じゃないんだけどさ…こう身分ってのが違うと何を贈りゃいいのかとか、解らねぇし…) そんな風にいつの間にやら後ろ向きな考えが先走ってしまい、祝いたいという気持ち以前の問題になってくる。 (…あー、駄目だっ。考えた所で分からねぇ…俺に出来る事なんてせいぜいアイツがいて良かったとか、そんな気持ちを言葉にするくらい…) と、そこまで考えてはたとイサトは気付く。 そういえば自分は一度でもそういう言葉を相手に伝えた事があっただろうか。 近い意味合いの言葉は言った事はあったかもしれないが、はっきりと思いの丈を言葉にして伝えた事はなかったのではないか。 (そういや、オレ…似た意味合いで誤魔化す事はしても、ちゃんと言った事ってなかった…っ) 今更ながらに自分のやや後ろ向きな性格が情けなく思えてくる。 だが同時に、これはまたとない機会だと思った。 何しろ今まで出来なかった事を実行に移そうと思えば出来るかもしれないのだ。 勇気を出して真剣な想いを打ち明ければ、下手な物を贈るよりもずっと相手を喜ばせてやれるかも知れないのだから。 (よし、決めた…アイツに贈るのは、オレのこの想いの全てだ…!) 今度こそ誤魔化しのない正真正銘の気持ちを伝えようと、イサトは一人固く決意した。 そして迎えたその特別な一日。 イサトは自分の寺院警護の仕事が終わると、その足で糺の森へと向かった。 予め仕事の終わる刻限を伝えておき、待ち合わせる約束を取り付けたからだ。 残念ながら相手が仕事の都合で空けられる時間が一刻ほどしかないという事で、仕事の合間に立ち寄ってくれるという話の流れになり、そうなったのである。 糺の森に到着するとイサトはすぐに待ち人の姿を探したが、どうやらまだ来ていないようだ。 イサトは想いを伝えようとする緊張からドキドキと胸を高鳴らせつつ、待ち人の到着を待った。 程なくして馬の嘶きが遠くから聴こえてきて、待ち人が近くにまで来た事を伝える。 その音にイサトは一度気を引き締めた。そして、自分に近づいてくる馬の馬上にいる者を見上げる。 「済まない、イサト…少し遅くなった」 眼下で馬上の自分を見上げているイサトへとそう返し、勝真は馬の足を止めさせて地面へと降り立つ。そのまま馬を間近の木に寄せて、そこから馬が動かないよう手綱の一部を頑丈そうな太目の枝へと固定する。 「いや、別にそんなに待ってねぇし気にするなよ」 馬から離れて側へと来る勝真へと、やや緊張気味の声でイサトは返事をして。 それを受ける勝真はイサトの緊張など露知らずで気さくに声をかけてくる。 「そうか…。それで、話があると言っていたが、わざわざ場所まで指定してどうしたんだ?」 話だけならばどこでも構わないだろうとでも言いたげな様子で尋ねてくる勝真に、イサトは新たな一歩を踏み出す勇気を振り絞って口を開いた。 「えっとさ、今日ってお前が生まれた日だよな…?」 「ん?そういえば…そうだな。だが…それがどうしたんだ?」 イサトが何を言いたいのか解らず、勝真はやや怪訝な顔をする。 そもそも今そう問われて初めて、今日が自分がこの世に生を受けた日だという事を思い出したくらいだ。寧ろそれを覚えていたイサトに対して僅かな驚きを覚える。 「誕生日には、それを迎える人を祝う風習があるって…花梨の世界での事らしいんだけどさ、その話を聞いて…お前に何かしたくて」 「…え?」 ゆっくりと、言葉を選ぶように口にしたイサトに、勝真が再度驚きの表情を見せた。 けれどここで口を噤んでしまうともう何も言えなくなる気がして、イサトはそのまま言葉を続ける。 「花梨が言うにはさ、何か贈り物とかするらしいんだけどな…オレにはお前に贈れるような物なんてないから。だから今日は…」 そこで一度息を止めて深く深呼吸をする。 緊張は最大限に達していたが、何故かイサトは今なら伝えられる気がしていた。 「今日はオレの気持ちを聞いて欲しいんだ…いつもみたいに誤魔化したりなんかしない、本気の想いなんだ…っ」 「…イサト…」 真っ直ぐな視線を向けて告げるイサトの真剣な表情に、勝真は何か言葉を返すでもなく静かに頷く。それだけ真摯な感情を向けられて悪い気はしないし、何よりもこれまで聞く事の出来なかったイサトの本心を聞けるというのであれば、勝真に断る理由はなかった。 「…今まで色々あったけどさ、オレ…お前と出逢えて良かったって思ってる」 再び言葉を選びながら話すイサトの声に耳を傾け、勝真はその言葉からイサトが何を伝えようとしてくれているのかを感じ取る。 そこから伝わってくるのは、暖かく心地のいい温もりで。勝真の胸中に思わず嬉しさが込み上げてくる。 「今もさ…まだ表立って会える立場じゃないし、お前と比べてオレは身分も低けりゃまだまだガキで…お前を幸せに出来るかって言われたらそんな自信なんて欠片もないくらいだけど…」 比較的院寄りの僧兵見習いである自分と、帝側の貴族である勝真。 目で見える以上にその壁は大きくて、何度となくその壁に挫折を覚えてきた。 それでも、伝えたいささやかな想いは胸の内に疼きとなって燻り続けていた。 今、それを口にして何かが変わるという訳ではないかもしれない。 けれど、今伝えたいのだと、心からイサトはそう思った。 「オレ、お前が好きだ…オレの乳兄弟がお前で良かったって、お前が生まれてオレが生まれて…多くの人がいる中でそういう絆で結ばれてた事が、嬉しいんだ…」 何度も言葉を区切りながら、それでも秘め続けていた想いを告げてくれたイサトに、勝真は驚きと嬉しさの余り返す言葉を失くす。 「あ、別にだからってお前に気持ち押し付けようとかそんな気はないから…っ。ただ、オレがそういう想いを持ってるって事知って欲しかっただけでさ…」 勝真が言葉を失くしたのを呆れられたとでも勘違いしたのか、イサトは慌ててそう付け加える。 そんな様子に、もう少し自信を持ってもいいくらいだなどと思いながら、勝真は慌てるイサトの腕を突如引き寄せた。 「うわ…っ?か、勝真…?」 いきなり腕を引かれてイサトは、驚いて声を上げている内に勝真の腕の中に納まってしまう。 少しばかり勝真より年下で体格も身長も若干劣る我が身が恨めしい。 「馬鹿だな、お前は…俺の返事を待たずに話を締めくくろうとするな」 「へ…?」 耳元に届いた勝真の声につい間の抜けた返事を返してしまう。 すると、先程のままの体勢で勝真がもう一度口を開いた。 「…嬉しかった、お前の本音が聞けて。お前が俺をどんな風に思ってたのか…解って、嬉しいって思ったんだよ。だから、押し付けろよ…気持ち」 「勝真…それって…」 勝真から告げられる言葉にまさかという思いで思わず勝真の顔を見ようとして、しかしそれは勝真の腕でより強く抱き締められ叶わず。 その勝真はというと、普段の印象はなりを潜め、代わりに顔だけでなく耳までも赤く染めていた。イサトの視線から逃れようとしたのは、そんな顔を見られたくなかったからだろう。 「俺も同じだって事だよ!…お前の事、好きだから…っ」 「…っ…」 照れ隠しのように常より僅かに高い声で捲くし立てた勝真の言葉が耳に届き、反射的にイサトは息を詰める。思いもかけぬ返答に驚きと動揺が入り混じった。 「…今の、本当か…?」 「…こんな状況で冗談など言う訳がないだろう…っ」 思わずそんな事を訊いてしまうイサトについ勢いのままにそう返事を返す勝真の顔は、うっかり出てしまった言葉に動揺する感情と、どういう結果になろうがなるようになれという覚悟とが混じったもので。 けれど、普段にない様子で取り乱す彼の様子は、おそらく余程心を許した者にしか見せないようなものだろう。 そう思うと、自分にとって特別な存在であるのが勝真であるように、自分が彼にとっての特別な存在であるように思えてきて、イサトの心に嬉しさが込み上げてくる。 そしてその嬉しさの余り、照れ隠しで自分を抱き締めている勝真の背に腕を回して、イサトは自分からも勝真を抱き締めた。 「…勝真、誕生日おめでとう」 少しだけ背伸びをして勝真の耳元へ囁くようにそう告げると、触れ合った体温が僅かに上昇した気がした。 ―愛しい人…今はまだ小さくて弱いオレだけど、きっと強くなるから… この日が何度巡って来るとしても…どうかオレの側で笑っていて…― 終わりました…何とか纏まりました…(´д`;) ショートというには中途半端な長さなので敢えてショートSSと表記するのはやめました。 途中からどうやって纏めようかと悩んだので結構強引な展開になってしまったかもです…。 ちょっとヘタレなイサト×無自覚墓穴堀な勝真って感じの設定で描いてみたんですが、どうでしょう? あと、ラストのイサトの心の語り(笑)は、小さくてというのは男としての器がまだ小さいという意味合いで言わせてます。自分に自信のないイサトという設定で書いているので…(^^;ゞ で、初挑戦となったイサ勝なんですが、やはりずっとやってないと細かい設定がうろ覚えになってていかんですね…しかもやり直そうにも私の遙か2はパソコン版なんでハードがXPになった今ではプレイ出来ない…( ̄□ ̄;)!! 懐に余裕が出来たらPSP本体とPSP版を買おうかな…。 そんな感じで色々微妙な所はあるかと思いますが、少しでも同志の方の萌えの糧になれば…と思いますです(^^ゞ |