2006年九郎生誕記念SSヒノエ×九郎編

誓い、捧げて
とある高級ホテルにあるメインホールの中、華々しさを誇るパーティーが行われていた。
招待客のほとんどは何がしかの揺るがぬ地位を得ているもので、どちらかというとこのパーティーの主役にとっては親しいと呼べる者は数える程度だった。

そんな中、無駄に盛り上がっているホール内を注意深く観察しながら、ホールから出て行く姿があった。

他の招待客に特には気付かれる事なくホールを抜け出した者は、ホテルのロビーを進み中庭へと出る。

中庭を少し歩いてから、立ち止まって夜の少し冷たい空気を胸一杯吸い込む。
肺に流れ込んでくる空気に何故か心が軽くなった気分がした。

「綺麗な夜空だな…」

空を見上げて誰に言うでもなく九郎は呟いた。
冬が近づいている時期の割には珍しく重い雲もなく澄んだ夜空に、先程まで緊張に張り詰めていた心も落ち着いてくる。

もう少し歩こう、そう思い立ち足を踏み出そうとした九郎の視界に突如よく見知った姿が現れた。その姿に、気付かれていたのかと九郎は少しだけ残念に思う。

「…突然ホールを出て行くからどうしたのかと思えば、こんな所へ来て何をしているんですか、九郎様?」

丁寧な言葉の中に呆れの色を含ませてそう言ったのは、九郎の従兄弟であり幼馴染みでもあるヒノエだった。彼らしくない体裁を装った言葉遣いは、ここが人目に着く場所であるからだろう。

「ヒノエ…これは、その…」

悪戯を咎められる子供のように途端に気を落としてどうにか言い繕おうとする九郎に、ヒノエがゆっくりと距離を縮めてくる。

「パーティーの主役が会場を抜け出してこんな所へ来てどうするんですか…旦那様が気付いたら心配されますよ?」
「だが、俺は…」

問い掛けてくるヒノエに困った顔で九郎は言葉を捜す。
今日行われているパーティーが誕生日を迎えた自分を祝う為のものだという事は九郎にも十分に解っている。

解ってはいるのだが、パーティー自体が九郎自身の友人や知り合いを集めたものではなく父親が仕事上で付き合いのある者を集めていずれ後継者となる九郎を紹介するようなものである事が九郎には少し気疲れしてしまう要因となっていた。

勿論父の考えを真っ向から悪いとは思わないし、今後に役立つ事は少なからず理解している。
だが、自分の誕生日を祝って貰うなら今直接親しい訳ではない者よりも自分が日頃親しくしている者に祝われる方がいいと九郎が思ったとして、誰に彼を責められるというのだろう。

「…き、急に外の空気が吸いたくなったんだ…っ」
「外の空気、ですか…嘘をつくのが下手ですね、九郎様は」

自分でもそれが苦しい言い訳だとは思ったが、こうもあっさり見抜かれると少し情けなくなる。
十分に注意を払って抜け出した筈が彼だけは抜け出した事を感づいた事といい、ヒノエの観察力にはうだつが上がらない九郎であった。

「…どうして会場を抜け出してここに来たんですか?」

言い訳を見抜かれて気まずそうに押し黙る九郎に、改めてヒノエは問い掛ける。九郎を護る立場にあるヒノエとしては彼が黙って一人で行動する事が良いとは言えない。それに何よりも、一人でいるには余りに無防備な彼が心配であった。

「…それは…少し、疲れたから…気分を変えたかった…というか…」

パーティーを開いてくれた事自体が嫌だという訳でもなく、嬉しいとは思う。しかし九郎としては、どちらかというとこんな盛大なものより身内だけでも良かったと思っていた。
むしろ、折角の誕生日なのだから誰に気兼ねする事もなく、九郎が共に過ごしたい者とだけ今日という日を過ごしたかったというのが九郎の本心だった。

「…仕方のない方ですね、本当はそれだけではないでしょう?…一体何が不満だったのか、話して下さいますね?」

やはりどう言った所で言い訳は見抜かれてしまう。それならばこれ以上言い訳を重ねたとしても自分が情けなくなるだけだ。
九郎は返答を待ってくれているヒノエに向けて重い口を開いた。

「…本当は、他の誰よりも…お前に、祝って欲しい…父上のご好意は嬉しいが…俺は、お前に…」
「…っ…」

どんなにたくさんの人に祝って貰ったとしても、一番に祝って欲しい者から祝って貰えなければ何の意味があるのかと、九郎はそう思ってパーティーの会場に居辛くなり、そこから離れたのだ。それがどれ程贅沢で我儘な考えだと解らない訳ではない。
だが、今年は今までの誕生日とはある事が決定的に違っていた。それが九郎を不安にさせていたのだ。

「今年はまだお前から何もして貰ってないし言って貰っていない…お前にはもう、俺の誕生日などどうでもいいのか…っ?」
「九郎様…ここは人目に着きます、場所を変えましょう」

高まる不安な気持ちから声を荒げる九郎に、周りの様子を窺うようにしてヒノエはそう返した。幸い中庭には僅か程度の人影しかなく、すぐに場所を移動すれば騒ぎにはならないと思えた。
だが、ヒノエに話題を逸らされて九郎はより一層不安を募らせてしまう。

「…話を逸らすな、俺の質問に答えろヒノエ…っ」
「質問には答えます、ですがここでは人目に着くと言ってるんです。騒ぎになる前に移動します…話の続きはそれからです」

そう言うとヒノエは声を荒げる九郎の腕を掴んで人目を避けるべくホテルのロビーに戻り、そこからエレベーターを使いホテルの屋上へと向かう。

屋上へ出るとそこには他の人の気配はなく、掴んでいた九郎の腕を離すとヒノエは丁寧に結んでいたネクタイとスーツの中に着込んでいたカッターシャツの襟元を緩めた。
そして九郎に背を向けたままで僅かの沈黙を解く。

「…少しは自分の立場ってものを弁えなよ九郎…いつどこで誰が見てるか解らないんだぜ?」

それまでのやたら丁寧すぎる口調とは打って変わってくだけた物言いでヒノエは注意を促すようにそう告げる。その様子からヒノエは怒っているのだろうかと思い、九郎は戸惑いの眼差しでヒノエの背中を見つめて。

「…だが、俺は…本当にお前に祝って貰うのが一番…だから、その…」

どう言えばこれ以上ヒノエを困らせずに気持ちを伝えられるだろうかと思案しながら話す九郎の声はしどろもどろで小さい。

だが、九郎が言葉を全て告げてしまう前に、ふわりと何かが九郎の体を包んだ。スーツ越しに触れる柔らかな感触に、九郎は思わず視線をその何かへと向ける。
すると、九郎の身を冷えた空気から護るように陽だまり色をしたマフラーがヒノエの手によって掛けられていた。

「これは…」
「全く…あんな人目に着く場所でさっきみたいな殺し文句、言っちゃ駄目だよ…九郎…?」

九郎がしどろもどろ話している間にいつの間にか九郎の方を向いていたヒノエは、九郎の肩先にマフラーを巻きつけ終えるとそっと九郎を見つめて囁くように言った。
九郎は一瞬何が何だか解らずにヒノエとマフラーの先を見比べて困惑に視線を揺らす。

「…忘れちゃ駄目だよ、九郎。オレはもうただの従兄弟でも幼馴染みでもないんだから…以前みたいな対等な関係じゃいられないんだ…」
「…だが、それでもオレは…っ」

ヒノエとの関係が以前とは全然違うものに変わってしまった事は九郎にも十分、それこそ痛い位に解っていた。それでも、やはり他の誰でもなくヒノエからの祝いの言葉が一番欲しいのだと九郎は思う。

「…本当に一度言い出したら頑固だね、九郎は…別にオレはお前の誕生日に興味がなくなった訳じゃないよ…」

少しも引こうとしない九郎の態度に根負けしたのか、ヒノエは一度小さく嘆息すると屋上へ上がる前に受けた質問の返答を返した。
ヒノエから返ってきた言葉に、九郎はより感情を昂ぶらせて再び問い掛ける。

「だったら何故今年はまだ何も言ってくれないんだ?前は…毎年誰よりも早く俺の誕生日を祝ってくれただろう…っ?」
「…っ、……」

そう言いながら目尻に涙を滲ませた九郎を、思わず抱き寄せそうになってヒノエは、けれど寸前で思い留まる。許される筈もないのにこれ以上情を寄せてどうするのかと自らに言い聞かせて、ヒノエは出しかけた腕を引っ込めた。

「ごめんね、九郎…九郎の気持ちはとても嬉しいよ、だけど今のオレが九郎に上げられるものなんて何もないんだ…オレはお前の盾だからさ…」

家も家族も全て失った時、ヒノエの手に残ったのは僅かな人脈とこの身一つだった。先の見えない不安の中でヒノエが道を見失わずにいられたのは他でもない九郎とその家族がいたからだ。

そして、彼の為だけに生きるのだと決めた時に淡く息づいていた想いは胸の内に封じると決めた。そんな自分が一度封じた想いを優先して行動するなど出来る筈もない、そうヒノエは思っていた。

「これから先、九郎はもっと多くの人と知り合ってもっと九郎にふさわしい人に出逢う…だからオレは九郎の一番にはなって上げる事は出来ないんだ…」

だからこそ、これ以上互いの距離を縮める事は出来ないのだと、何も上げられるものがないのに他の誰かを差し置いて九郎の事を祝う事が出来ないとヒノエは思う。
許されるものなら、誰にも九郎を祝う権利を譲りたくないと心の奥ではそう思いながら。

「嫌、だ…嫌だぞ俺は…っ。そんな、事を言うな…まるで俺から離れてしまうみたいな事を、そんな風に言わないでくれ…」
「…ごめん、ごめんね…九郎」

離れていく事を許さないというようにヒノエの腕に縋りついて泣く九郎を、抱き締めそうになる衝動を抑えてヒノエは呟く。

「オレは九郎のボディガードだ、だから側を離れたりはしないよ…お前の一番にはなって上げられないけれど、この命を賭けてお前の事をずっと護るから、泣かないで…?」
「…言って、くれ…他の誰より、お前に祝って貰わなきゃ誕生日なんて、意味がない…俺はお前の言葉が欲しいんだ…っ」

必死に流れる涙を拭いながら九郎はなおも言い募る。だが、このまま欲しいものが得られなければ九郎の涙は止まりそうになかった。

確かに、もう随分多くの人が九郎に祝いの言葉を掛けた後だ。ならば他の目も世間体も気にせず彼を祝いたいという気持ちに素直になってもいいかと、自らを納得させる為にヒノエはそう思い込む事にした。

「…解ったよ、誕生日おめでとう…九郎。だけど、本当にオレが上げられるものなんてない…だからね、この命に賭けて誓うよ…」

そう言って目元に残る九郎の涙を指で拭い取る。決意を強く新たにする為に間に一呼吸置いて、それからヒノエは再びこの足で歩き始めたあの日から揺るがぬ想いを言葉にして伝えた。

「この腕で、この足で…オレの全てでお前を護り続ける…お前の盾となり剣となって、ね…それが、オレがお前にして上げられる全てだから…」
「ヒノエ…」

それを伝え終えると、ヒノエは再び九郎の腕を引いて先程使ったエレベーターの方へ促す。流石に会場へ戻らなければ、主役の不在で騒ぎになっているかもしれない。

「さぁ、もう戻ろう?今頃本当に旦那様が心配しているかも知れないよ…?」

歩き出すヒノエに特に九郎も抵抗はしないでついて行く。勝手に抜け出した事に今更ながら悪い事をしたと思ったのだろう。
エレベーターを待ちながら、九郎はポツリと呟く。

「…我儘を言って、悪かった…追いかけてきてくれて、ありがとう…」
「…解ったのならそれでいいよ、だけどこれからは黙って出て行っちゃ駄目だよ?」

反省して謝る九郎にヒノエが以前と変わらぬ笑顔で笑いかける。
変わってしまったものもあれば変わらないものもあるのだと思うと、それだけで少し沈んでいた気分は落ち着いて。

「ああ、次からは気をつける…」

穏やかなヒノエの笑顔に微笑みを返しながら九郎はそう言った。ヒノエが到着したエレベーターに九郎を先導して。
そうして二人を乗せたエレベーターは、今頃姿の見えない九郎を探しててんやわんやになっているであろうイベントホールのある階下へと向かうのだった―――――。

えっと、以前小話で書いた『CROSS×LORD』の番外編的なものです。
ヒノエが九郎のボディガードになってから初めて迎える九郎の誕生日、という感じの設定で書き始めたんですが…あまり誕生日設定生かされてないかも…(O.O;)(oo;)

一応、ヒノエがある事情で九郎のボディガードになる前は毎年九郎の誕生日にはヒノエが真っ先に九郎を祝っていたという裏設定があって、それで今年に限って一番に祝ってくれなかったから九郎が拗ねていた…という感じですね。

このシリーズの九郎は随分甘えんぼです。家族には上手く甘えられない分、大好きなヒノエには容赦なく甘えてます。本当にヒノエがいないと生きていけないんじゃないだろうか、この九郎は…。
私的にこのヒノエと九郎はTOAのガイとルークみたいな関係のつもりで書いてます。九郎はヒノエの事がすごく好きでいつでも一緒にいたいのに、ヒノエは九郎の事を好きでも立場的なものとか世間の目を考えて九郎から一線置こうとしてる、みたいな…そんな感じなんですが、いかがでしょう?

感想とか頂けたらすごく嬉しいです。
それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。

2006,11,9 up


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