キッスはバニラ味!?
燦々と太陽の輝く空、雲一つない実に気持ちのいい日和だ。 緑豊かな木々には小鳥達が爽やかな歌を奏で、穏やかな水を湛える小池では鯉達が伸び伸びと遊泳している。
そんな光景を眺めながら、詩紋はなかなか姿を見せない待ち人を思っていた。 「遅いなぁ・・・何してるんだろ・・・」 今日はバイトやらクラブ活動やらで忙しいイノリが、久々に時間を取れる日であるという事で、2人は公園でデートをする約束をしていたのだ。しかし、待ち合わせの時間を一時間も過ぎているのに、イノリはまだ来ていなかった。この日を心待ちにしていた詩紋にしてみれば、余り嬉しい事ではない。 (どうしよう・・・もう少しだけ待とうかな・・・?それとも電話しようかな・・・?) そんな事を考えながら、それでもその場所を動く様子は見せない。 遅いのはきっと何か理由があるに違いないと、自分の中で結論付けて、詩紋はもう少しだけ待つことにした。 そうして更に一時間が経過した。 日差しの強い中で長時間待ち続けている為に、詩紋は激しい喉の渇きを覚えていた。 それを満たすべく腰を下ろしていたベンチから立ち上がったその時、詩紋の目に、勢い良く駆けて来る人物の姿が映った。その人物は詩紋の側まで来ると、息を切らしつつ謝罪する。 「・・・ごめん、詩紋っ!寝過ごしちまった!」 詩紋の目前で両手を合わせて謝るイノリに、詩紋の冷たい視線が飛ぶ。 「・・・たくさん待ったんだから」 頬を膨らませて甘えるように文句を言う。その様子に、詩紋が機嫌を損ねていると理解したイノリはばつの悪いと言った表情を浮かべる。 「・・・昨日、臨時で夜間のバイト入れられてさ・・・明け方まで帰らせてもらえなかったんだ」 余りに急な事で連絡出来なくて悪かったと、イノリは再び謝った。 「・・・喉、すごく渇いてるんだけど」 イノリの言葉に対する、余りにも噛み合っていない詩紋の返答に、イノリが間の抜けた声を返す。 「・・・何か冷たいもの奢ってくれたら許してあげる」 目をぱちくりとさせているイノリに向かって意地悪く笑いながら告げる詩紋は、どうやらイノリの遅れてしまった理由を納得したようだ。ただ、折角の2人でいられる時間を削られた事が悔しかったらしく、詩紋の出した条件はいわゆるそれに対する些細な報復のようだ。 しかしイノリはそれを良く理解出来なかったのか、まだ呆けていた。 「・・・どうなのイノリくん?奢ってくれるの?くれないの?」 「えっ・・・あ、そうじゃないけど・・・マジでそれで許してくれるのかよ?」 ご機嫌斜めの詩紋がそれだけで自分の所業を許してくれるならば、それはイノリにとって願ってもない話だ。 「解ったよ、何がいいんだ?」 「さっきね、向こうでソフトクリームを売ってるの見たんだ。ソフトクリームがいいなぁ・・・」 上目使いにイノリを見つめながら、詩紋はここぞとばかりにイノリに甘える。 (うわっ・・・やべぇくらい可愛い・・・。) 詩紋の熱い視線に、イノリの心臓が高鳴る。青く澄んだ瞳にくりくりの睫毛、淡く紅を挿した頬に桃色の薄い唇。ともすれば理性が吹き飛んでしまいそうな程、詩紋は愛くるしい存在なのだ。 「ソ、ソフトクリームだなっ。待ってろ、今買って来てやるから!」 暴走寸前の心臓の高鳴りを聞かれまいと、イノリは慌ててその場を離れ注文されたものを買いに行くのだった。 「はい、ソフトクリーム二つ毎度あり」 売店の女性店員から二つのソフトクリームを受け取って、イノリはそれを詩紋に渡してやる為にやや早足で来た道を戻る。急がなければ折角買ったソフトクリームが溶けてしまうからだ。 やがて数分もしないうちにイノリは詩紋の目前まで戻る事が出来た。更に速く歩を進める。が、詩紋がなにやら叫んでいるように見えるのは何故だろう。 その理由はすぐに判明した。 「うわっ!」 突然足元に衝撃を受けたイノリは、驚いて声を上げる。足元に目をやれば、そこでは小さな子供がイノリの両足にいく手を阻まれていた。どうやら辺りを走り回っていてイノリにぶつかったらしい。イノリが横にどいてやると、子供はまた走って去っていった。 だが、イノリは片手がやけに軽くなっていることに疑問を抱いて、自分の両手を見た。すると先程二つ買った筈のソフトクリームが一つしかない事に気付 いた。今の衝撃で落としてしまったようで、地面には無残な姿になったもう一つのソフトクリームがあった。 「・・・一つ落としちまった。ま、いっか。ほら」 いつの間にか側に来ていた詩紋に、イノリは無事だった方のソフトクリームを渡してやった。 「え・・・でもイノリくんのは?」 「落ちたもんはしょーがねーじゃん。それにお前が食べたがってたんだからそれはお前のだ」 当然の事のように言ってのけたイノリに、詩紋は自分の心がときめくのを感じた。 「イノリくん・・・」 詩紋はこのイノリのはっきりとした言葉にしない優しさに惹かれたのだ。多少の我が侭も受け止めてくれる寛容さが愛しくて堪らない。 「・・・早く食わないと溶けるぜ?」 受け取ったソフトクリームを持ったまま見惚れていた詩紋に、イノリが声を掛けた。 「あ、うん・・・そうだよね!」 呆然としていた所に声を掛けられ、慌てて詩紋は返事を返すと、イノリが買 ってくれたソフトクリームを口に運んだ。舌で一掬いすると、芳醇な甘さが口中に広がる。 「・・・美味しい・・・!」 「そっか、良かった。喜んでくれて」 顔を綻ばせてソフトクリームを味わう詩紋に、イノリはほっと安堵する。機嫌はすっかり回復したようだ。 ふと、イノリの目の前に食べかけのソフトクリームが差し出される。 「・・・イノリくんも一緒に食べよう?」 「え?だってそれはお前の為に・・・」 待っていて喉が渇いたから何か奢れと言ったのは詩紋ではなかったか。ならば一人で食べればいいのにどうして自分にもくれるのだろうと、イノリは不思議な顔をする。 「一度、してみたかったんだ・・・一つのソフトクリームを2人で食べるの。・・・駄目かな?」 再び甘えた口調で見上げてくる詩紋に、イノリはまたも心臓を高鳴らせる。 「い、いいのか?」 「うん、食べて」 念押しするように勧められて、イノリは一口だけソフトクリームを食べた。 「美味しい・・・?」 「ああ、すごく美味いぜ」 感想を聞いてくる詩紋に笑顔で答えると、詩紋も嬉しそうに微笑う。 そうして2人で交互にソフトクリームを食べていき、あっという間に完食し てしまった。 「とっても美味しかった、ありがとうイノリくん!」 喉の渇きも潤ってすっかり機嫌のよくなった詩紋は、惜しみない笑顔を振り撒く。イノリはそんな詩紋を眩しげに目を細めて見つめている。 不意にイノリの顔が詩紋の顔に近づいていく。そして。 「・・・んっ・・・」 イノリの舌が、詩紋の唇を形に沿って舐めた。詩紋の喉から甘い声が洩れる。 「・・・甘い・・・」 詩紋の唇から離れたイノリが呟いた。イノリの突然の行動に詩紋の瞳が揺れ惑う。 「イノリくん・・・?」 不思議で仕方ないといった様子の詩紋に、イノリはくすりと笑みを漏らして、何をしたのか教えてやった。 「お前の口の所にさっきのクリームがついてたんだよ。そのままにしとくのは あれだし、拭き取るのも勿体ねーって思ったし、それにお前見てたらつい・・・」 つまり口元にソフトクリームをつけたままの詩紋を見ていて、それにかこつ けてキスをしたい衝動に駆られたという訳であったのだ。 「・・・イノリくん・・・」 「・・・悪かった、キスしたいって気持ち抑えられなかった」 照れて赤く染まった顔で言い訳をする姿さえ、詩紋には愛しく感じられた。だからそれを怒ったりはしない。 「・・・ねぇ、今度はちゃんとキスして・・・?」 「詩紋・・・」 誘われるままにイノリの唇が詩紋の唇に触れる。そして深く交わっていく。周りの風景は2人にとって最早背景でしかなく、お互いの存在しか見えていない。 人の通りもけして少なくはない昼下がりの公園で、2人は互いの体を抱き締め合ってキスを交わす。それはバニラの味をした、甘く蕩けるような口づけであった。 以前コピー本に掲載した小話です。お蔵入りにするのは寂しいので置いてみたです。 私の書く朱雀はいつも年齢偽ってるのかと思うくらい慣れてます、特にイノリ。年相応に見えません…。かっこよく書く事を目指してたらいつの間にかこうなってました・・・。 こんな手馴れた二人を世間様は受け入れてくれるのかと、やや心配してたりします・・・。 2004,7,23 up |