チャーミーグリーン

仄かに紅葉が色づく秋晴れの空の下、その空模様とは逆に、天真はむっつりと頬を膨らませていた。
「天真く〜ん・・・いい加減に機嫌直してよ〜・・・」
 あかねが宥めるように、天真に話し掛ける。
「ごめん、お兄ちゃん。この通り謝るからさ〜・・・」
「そうですよ、先輩。折角頼久さんの為に皆で計画したんだもの、楽しみましょうよ?」
 蘭と詩紋が、何も答えない天真に必死に主張する。しかし、それでも天真の機嫌は一向に回復しないようだ。
 そもそもの事の起こりは、頼久の誕生日をいかにして祝うか、という事から始まった。そう、今日は頼久の26歳の誕生日なのである。
 詩紋が口にした計画─それを立てたのはあかねと蘭だった。その経緯は意外な程に単純明快かつ、大胆なものである。
  頼久は恋仲になった天真を追って京の世界からこの現代へとやって来た。それから既に半年の月日が流れ、現代での生活にも漸く慣れてきた。だが、生活に慣れる事を重要視する余り、この半年の間天真とまともなデートをしていなかったのだ。
 そこで、誕生日を口実に若者らしく遊園地デート、しかもイノリ&詩紋のカップルとのWデートを計画したのである。もちろん健全に計画を進めるべく、あかねと蘭が監視役として付き添う形でである。
 この計画に、イノリと詩紋は快く賛成した。頼久も神子達の申し出をありがたく受けていた。しかし、天真だけは計画を聞いた時点であからさまに嫌な顔をしたのだ。
「・・・ったく、ここまで来といて往生際悪いぜ、天真?」
「うるせーよ、俺は嫌だっつったのに頼久が来たがるから・・・」
 呆れたような声で言ったイノリに、天真はそっぽを向いて毒づく。
「天真は・・・私に合わせて無理をしているのか?」  
 頼久が、機嫌を直さない天真の様子に表情を曇らせる。それを目の当たりにして、我が侭を言っている自分に嫌気が差して、天真は慌てて否定した。
「バッ・・・違うよ。無理なんかしてねー・・・ただ」
「ただ・・・何なのだ?」
「・・・何でもねぇよ」
 天真は頼久の問いを器用にはぐらかして、歩き出す。
「・・・天真」
「直してやるよ、機嫌。ぐだぐだ言ってても時間勿体ねーしな」
 そう言って意地の悪い笑みを浮かべる。
「何だよ、現金な奴だなお前。さっきまで散々愚痴ってたじゃねーか」
「良いじゃない、イノリくん。機嫌直してくれるって言ってるんだし」
 天真の態度の変わりように、いい顔をしないイノリを、詩紋が嗜める。
「それじゃ、早く行こ?時間勿体無いよ」
「ほら、頼久さんと天真くんも!」
 蘭がイノリと詩紋を、あかねが頼久と天真を、それぞれに遊園地のゲートへと導いた。


  園内に入ると、休日という事もあってか非常に混雑していた。これではどのアトラクションもそれなりの待ち時間を必要とするだろう。
「で、どれから行くんだ?」
 イノリが園内の地図を見ながら言う。すると、あかね達は口々に自分の遊びたいアトラクションの名前を述べる。
「私、ジェットコースター!」
「僕・・・このジャングルツアーって言うのに、行きたいな・・・」
「俺はバンジージャンプやってみたかったんだよなー」
「私は『集結!世界の大妖怪展』がいいな」
 次々にくる要望を、天真は地図を見ながらどう回ろうか考える。しかし、どれもこれも位置がばらばらで、とてもじゃないが全員で全てを回るのは大変そうだ。
「お前は?行きたい所ねーのか?」
 天真と同じく意見を述べなかった頼久に、主役はお前なんだから何か言えと天真が催促する。
「私は・・・そうだな、大観覧車など良いと思うのだが・・・」
「観覧車?成る程・・・お前らしい意見だな」
「そうか・・・?今日は良く晴れているからとてもいい景色を拝観できると思ったのだ・・・」
「うん、良いんじゃねーか。俺もそういうの嫌いじゃないし」
 そんな訳で、結局、一番混雑しそうなジェットコースターとバンジージャンプ、大妖怪展、ジャングルツアー、観覧車の順に回る事となった。


「あー、最高に気持ちよかったよねー!」
「あのスピード感がいいんだよな!」
 ジェットコースター、バンジージャンプを終えて、絶叫マシーン系のアトラクションを好むあかねとイノリはすこぶる機嫌が良い様子である。蘭が提案した大妖怪展の中を巡っていても、2人はその話題で持ちきりだ。蘭は流石に提案者だけあって展示されているものに興味津々に魅入っている。それとは逆に詩紋は、妖怪の類が怖いのか、イノリにべったりとくっついて離れようとしない。
「何だよ、詩紋。こんなのが怖いのか?」
「だって・・・すごくリアルなんだもの・・・」
「怨霊とは戦ってたくせに、しょうがねぇな・・・ほら、こうしててやるから我慢しろ」
「うん・・・ありがとう」
 乗り物系のアトラクションでないのをいい事に、ここぞとばかりにいちゃつく。それをぼんやり見やりながら、お気楽な奴らだと天真は思った。そんな天真に頼久が質問を投げかけた。
「天真・・・あの女人も化け物なのか?」
「ん・・・?」
 天真が頼久の指し示しているものを見る。それはかの有名な『雪女』だった。
「ああ、あれは雪女って言う妖怪だよ」
「雪女・・・?」
「そう。ある一人の男が雪山で遭難している所を助けられて、その世話をしているうちに心を通わせ合うんだ。だが、男は体が回復したら人里へ帰ってしまうんだ。すると雪女は男を自分だけのものにする為に雪山に閉じ込めてしまう。そんな昔話があるんだよ」
 幼い頃に絵本などで学んだ話を、簡単に説明してやる。頼久は意外な程真剣に天真の話に聞き入っていた。
「その後はどうなったのだ・・・?」
「え?んー・・・俺もガキの時に読んでもらっただけだからな・・・結局どうなったんだっけ・・・覚えてねーや、悪い」
「いや・・・それならば構わない」
 二人の話が途切れると、満足したらしい蘭が次のアトラクションへ行こうと声を掛けてきた。詩紋はやはり耐えられなかったらしく、既にイノリと外へ出ているようだ。あかねの姿も無い事から、彼女も先に出たらしい。
「んじゃ、次に行くか」
「・・・そうだな」
 前を歩く蘭の後に続いて、天真と頼久も大妖怪展を後にした。


 心地いい風が船上の天真達に吹きつける。天真達は今、詩紋の提案したジャングルツアーというアトラクションを楽しんでいるのだ。
 ジャングルツアーとは文字通り、ジャングルに似せて作った建物の中を、水上コースで船に乗って周遊するものである。勿論、熱帯に育つ珍しい植物や動物たちが陸地にいて、それを観賞するのである。
「これは本物の植物を使用しているのか・・・?」
 頼久がふと、素朴な疑問を口にした。それに詩紋が答える。
「ここのは実際に現地から取り寄せてるみたいですよ」
「じゃあ、中の気温が高めなのって植物にいい環境を作る為なの?」
  今度はあかねが質問する。
「そうですね、環境が違うと植物はすぐ駄目になっちゃうから・・・」
「そうなのですか・・・」
 感心したように幾度か頼久が頷いた。
「詩紋、詩紋っ。あれ、ワニって奴だよな!」
 唐突に、イノリが嬉々とした表情でそう言った。それはイノリが未だ図鑑やテレビでしか見た事の無いものだった。そのワニが、丁度前方の陸地にいたのだ。
「うん、そうだよ。でも手を出したら腕ごと噛み切られちゃうから気をつけてね?」
「おう」
  そんな会話を交わしながら、ワニの前を船は通り過ぎていった。


「さ、あとは観覧車だよね!」
ジャングルツアーを終えて園内に戻ると、あかねが元気よく言った。全員で大観覧車のある方角へ向かいながら、どういう組み合わせで観覧車へ乗るのか相談し合う。
「やっぱり頼久さんとお兄ちゃんは一緒に乗るでしょ?」
「うぇ!?や・・・そ、それは・・・」
「・・・嫌なのか、天真?」
 蘭の言葉にたじろぐ天真を見て、頼久が怪訝な顔をする。
「い、嫌とは言ってねーだろ!」
「ならば何故その様に慌てる・・・?」
「それは・・・」
 真っ直ぐな瞳で見つめられては、天真も困るというものだ。
「あ!わかった、お前照れてんだろー!」
「ああ、そっかー!」
 天真の様子から、天真が慌てた理由を悟ったイノリと詩紋が口々に告げる。
「うぁー、言うなー!この能天気バカップル!」
 図星を指された天真が、更に慌てた様子で必死に叫んだ。
「照れて・・・いたのか?」
「う・・・。わ、悪ぃかよ・・・!」
「・・・ふ・・・、お前はやはり可愛いな・・・」
「ぎゃ〜!!こんな所でんな事言うなぁ〜!!」
 臆面も無く言ってのけた頼久に、天真の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
「くそ〜!俺は先に行くからな!恥ずかしくてお前の横なんか歩けやしねー!」
「天真・・・済まない、怒ったか?」
「だぁ〜!俺の横を歩くなー!」
 そんな言い合いをしながらも、天真の足はしっかり観覧車へと向かっていった。


 結局、天真は頼久と2人で観覧車に乗っていた。あかねは蘭と、イノリが詩紋と乗っている。
「天真・・・どうだ、綺麗な景色だろう・・・?」
 先程、イノリと詩紋に突っ込まれて再び機嫌を損ねた天真に、何とか機嫌を直してもらおうと頼久は積極的に声を掛ける。
 だが、天真は頼久と2人きりになった事で更に照れが入ったのか、そっぽを向いて黙り込んでいた。
「・・・そろそろ機嫌を直してくれないか?」
「・・・お前が悪い」
「それは謝ったであろう・・・?それに・・・」
 頼久は天真を自分の方に向かせて、至極真摯な表情で、照れ屋で意地っ張りな恋人に告げた。
「私はどんな時でもお前に対する感情を偽りたくは無いのだ・・・お前を大切に思うから、お前への気持ちだけは素直に告げたいのだ・・・天真」
「頼久・・・」
「それでは・・・いけないか?」
 紫水晶の瞳が、天真の蜜柑色の瞳を見つめる。それだけで、天真はどんな事でも許してやろうという気持ちになる。
「・・・悪く、ない・・・」
 見つめ合ったそのままで、天真は頼久の言葉に答えた。その言葉を聞いて、頼久の顔に柔らかな笑顔が生まれる。
「そうか・・・良かった」
「頼久・・・俺・・・」
「・・・何だ?」
 天真が何かを言いたそうにしているのを、頼久が促してやる。
「俺・・・朝も機嫌悪かっただろ・・・?お前の誕生日なのに・・・」
「・・・ああ、それはそうだが・・・」
 聞いても良いのか?という頼久に、天真はこくんと頷いた。
「俺、本当はお前と2人で過ごしたかったんだよ、今日・・・俺がいーっぱいお前の事祝ってやるって思ってた」
 天真の話を頼久はただじっと聞いている。
「だからずっとバイトして金も溜めてたのに、この間バイクの故障を直してもらったらほとんど残らなくて・・・結局プレゼントも買えなかったんだ」
  余程ショックだったのか、話している天真の表情は暗い。
「そこであの計画だろ?だから俺、なんか悔しくて・・・」
「そうだったのか・・・」
 天真の話を納得したらしく、頼久はわかったというように頷く。
「ごめんな・・・頼久。俺、まだ何もしてやれてない・・・」
「・・・私はその気持ちだけで十分嬉しいぞ?」
「・・・けど・・・」
 天真はあくまで何か形になるものを頼久に、誕生日のお祝いとして渡したいらしい。
「そうだな・・・ならば一つ、して欲しい事があるのだが・・・」
「して欲しい事・・・?何だ?」
 天真が今なら何でも聞いてやるといった様子で、頼久の言葉を待っている。

「・・・手を、繋いでくれないか?」
「え?」

「帰り道・・・家に着くまでの間・・・お前と手を繋いで帰りたいのだが・・・」
「・・・は・・・?」
 頼久の要求に、天真の思考が瞬時に止まる。今、目前のこの男は何とのたまったのか。
「・・・天真・・・?」
 固まってしまった天真に、頼久が心配そうに声を掛けた。すると、止まった天真の時間が動き出す。
「ふ・・・」
「ふ・・・?」
「ふざけんなぁ〜!!んな恥ずかしい真似、出来るかぁ〜!!」
 狭い観覧車内に怒号と羞恥の入り混じった叫び声が響いた。
「ふざけているつもりはないが・・・」
「おっ、お前っ、何考えてんだよ!」
「何と言われても・・・今言った通りだが・・・」
 頼久が言った『手を繋いで自宅まで☆』は、余程恥をかなぐり捨てなくては成す事の出来ない至難の技(?)である。
「だ、大体何でそんな事思ったんだ!?」
「それは・・・CMだ」
「CM・・・?」
 何故そこでCMが出てくるのだろうと、天真は不思議な顔をする。
「洗剤のCMで『チャーミーグリーン』というものがあるだろう?」
 随分古いものだがそんなものもあったなと天真は思った。そのCMでは、男女が仲良く手を繋いでいる画像に『チャーミーグリーンを使うと〜手を繋ぎたーくな〜るー♪』という歌詞の歌が流れていた。つまり、頼久はそのCMを見て、街の中を天真と手を繋いで歩きたいと思ったという訳だ。
「私もあのCMのようにお前と街を歩ければ、と思ったのだが・・・やはり嫌か?」
「・・・マジで・・・?」
 天真の顔は羞恥の方が大きくなったのか、どんどん赤くなっていく。
「天真・・・」
 答えを待っている頼久の顔を見つめる。その顔が余りに可笑しくて、天真はプッと吹き出した。
「天真・・・私は真面目に言ってるのだぞ・・・!」
「・・・ああ、ごめんごめん。悪かった」
  こみ上げた笑いが静まるのを待ってから、天真は真面目に答えた。
「・・・いいよ、今回だけ特別だ。聞いてやるよ」
「・・・本当か・・・?」
「ああ。お前の誕生日、だもんな・・・?」
「天真・・・」
漸く微笑を浮かべた恋人に、頼久も自然に柔らかい表情になる。
「ただし、条件があるぜ」
「何だ・・・?」
勿体ぶる天真に、それでも表情を崩さず頼久が尋ねる。
「あかね達に見られんのだけは勘弁してくれ・・・後で何言われるか分かったもんじゃねーからよ」
 それは照れ屋で意地っ張りで天邪鬼な天真ならではの言葉だった。実際にそんな事になったなら、口を聞いてくれないどころの騒ぎではなくなるだろう。
「分かった・・・。二人だけで帰ろう・・・それでいいのだろう、天真?」
「・・・へへ、解ってんじゃん」
「お前にだけは嫌われたくないからな・・・」
 頼久は優しい眼差しで天真を見つめる。
「・・・ばーか、嫌いになんて今更なれるかよ・・・」
「・・・天真・・・」
 2人の顔がそっと近づく。 唇と唇が触れ合うその直前、がたん、と観覧車が揺れた。どうやら一週回りきってしまったようである。
「・・・この続きは、帰ってから・・・だな?」
「・・・ああ、そうみたいだ」
 観覧車から降りながら、2人はくすくすと笑い合った。急がなければ後から乗ったあかね達が降りてきて、いろいろと問い詰められるだろう。
 2人は足早に観覧車の敷地から離れた。
 その後、夕暮れの街の中に、仲睦まじく手を繋いで帰宅する天真と頼久の姿を目撃したと言う噂が、一部の人間の間でまことしやかに噂されたらしい。

これもコピー本からの抜粋です。
設定は現代ED後、Wデートという具合になっています。意外とデートものばかり書いてる気が・・・。よっぽど私はデートの話が好きらしい。
雪女のくだりは諸説があるのであれが正しいとは限りませんよね…その辺はもっと学習せねば・・・。
何はともあれ、気にいっていただければこれ幸い…。                           2004,7,23 up
 




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