彼生日



 行き交う人々、忙しなく道路を行く幾つもの車の流れ、慌しい街の憧憬を天真は呆然と眺めていた。まるで自分だけが世界から隔絶されてでもいるかのようにその様子を拝観している彼の瞳は、強い疲弊の色を示している。

「…遅い」

もう何時間こうして待っているだろうか。今朝は特別な日だからといつもより早く起き、その上栄養満点のお手製弁当まで用意して出てきたのだ。それなのに肝心の待ち合わせている相手が時間を過ぎても現れない。

「何やってんだよ…今日はオフ取ったって言ってたじゃねーか」

 天真が待っている相手、橘友雅は今や超一流の売れっ子モデルである。この現代と異なる世界『京』で出逢った二人は、同じ時間を過ごすうちに惹かれあい、想いを通い合わせ、俗に言う恋仲というものになった。
 だが、所詮は違う世界の人間同士と諦めて現代へ帰ろうとした天真を友雅は追いかけて現代へと来たのだ。それが今から一年前のこと。
 そして、京の世界から千年も経つこの時代で友雅が人並みに生活するのは容易ではないと思っていた天真の不安を、友雅はあっさり解決した。その持ち前の美貌からか、友雅はスカウトを受けてモデルとなった。
 この一年で現代の生活にもすっかり順応したようで、今日に至る訳である。

 何をやらせても器用にこなす友雅は人気の上昇も早く、今では仕事の以来が殺到する日々を送っていた。その友雅がようやく空けられるという日だというのに、まだ姿を見せないのだ。とはいっても、天真が文句を言うのには別の理由があった。

 今日は一年にたった一度の大切な日なのだ。友雅が生まれてきた記念の日、それを二人で祝う為に休みを取ってもらい、出掛ける約束をしていたのだ。平日だったが試験休みの期間と重なっていた為、意気揚揚と家を出た天真が友雅の来ないことに対して不機嫌になるのは当然といえよう。

「くそ〜何時まで待たせる気だよ?」

 天真の怒りはもはや限界寸前のようである。いらいらするのを抑えられないのかしきりに足で、ミュージシャンさながらにリズム良くだんだんと地面を踏んでいる。路行く人はとばっちりを食らうまいと彼を遠巻きに見て去っていく。それもさらに天真を苛立たせる要因となりつつあった。その天真の頬に突然、冷やっとした感触が襲い掛かった。

「ひゃあっ!」

 何とも間抜けな声を上げて驚いた天真を、その目前でくすくすと笑っている男がいた。その余りな態度に天真は顔を茹ダコのように赤くして怒鳴る。

「友雅―っ!いきなり何しやがるっ!」

「ははは、あんまり君が真剣に考え込んでいる様子だったからね…」

ようやく姿を見せた友雅は、悪びれもなくそう告げた。そうして遅れたお詫びだといって先程天真の頬に当てた缶ジュースを渡す。それを受け取りつつ天真は遅れてきた理由を尋ねた。

 ほんの少し膨れたような顔で天真はぽつりと言う。どうやらかなり機嫌を損ねていることはその態度ですぐに理解できた。缶ジュースを手の中で転がしながら拗ねている恋人の様子に、友雅は理由が理由とはいえ悪いことをしたと反省する。

「…仕事がね、急に入ったのだよ。君の家に連絡を入れたのだけど、もう出掛けたと言われてね携帯の方にも掛けてみたら、繋がらなくて…待たせてしまって済まないね」

 その友雅の言葉に天真は慌てて自分の携帯をチェックする。すると、案の定電源が切られていた。そういえば電車の中で一回切ったんだっけ、と思い天真は自己嫌悪に陥る。自分で電源を切ったことも忘れて連絡もなく遅れてきた友雅に怒って、まるで子供じゃないかと自分の所業を恥ずかしく思った。

「…ごめん、俺の方が悪かったよな。本当に悪いっ」

「おや?時間通りに来なかった私をそんなにあっさり許してしまうのかい?」

素直にぺこりと頭を下げて謝罪する天真に、意地の悪い笑みを浮かべて友雅が尋ねる。確かに常識的に見ればこの場合、遅れて来た友雅の方が悪いのであって、天真が謝る筋合いはない筈である。けれど天真からすれば、連絡をくれていたのにそれを受け取れかった自分の方が悪いと思うのである。
 しかも急な仕事をしていた友雅に対して、理不尽な怒りを本人の及ばない所で燃え滾らせていたのだ。何故いつも忙しくしている友雅を知っていて、遅れた理由が仕事だと想像できなかったのか。天真は自分が情けなく思えた。 

「ふふ…君は本当に優しい子だねぇ…」

どれほど待たされていても許してしまう天真の優しい心が、友雅の心を暖かく満たしていく。

出逢ってから一年と少し、まだそれだけしか経っていない。それも自分は僅か数ヶ月の間に彼に心奪われ、それまで生きてきた三十一年の人生全てをかなぐり捨てて、彼の世界へと来たのだ。
 自分を熱くさせるものなどこの世にはないとすら思っていた、そんな友雅の価値観を百八十度変えてしまう程の、友雅にとって天真という存在はそれだけの魅力を秘めているのだ。

「さて…そろそろ行こうか天真、遅れた分もしっかり楽しまなくてはね?」

 黙り込んでしまった友雅を大人しく待っていた天真に、そう声を掛けて手を差し伸べる。今なら入れ替えの時間に間に合うしね…、と付け加えて言う友雅に、天真はばれないように、鞄から出していたお弁当の包みを鞄にしまい込んだ。そうして差し伸べられている手を取って、二人は予定していた映画を見る為に映画館へと向かった。


 程なくして二人は目的の映画館へと辿り着いた。道中で心配されていた、友雅のファンに目撃されるということもなくすんなり映画館まで来られたのは、友雅が巧みに変装している為もあった。

 本日の友雅の出で立ちはこうだった。本皮のジャケットに派手な模様の施されたTシャツ、リーバイスの万円もするジーパン、時計やアクセサリーはどれも高額のもので、長い新緑の髪は後ろで一つに束ねられ、ついでにご丁寧にサングラスまで掛けていた。
 どこからどう見ても立派なやくざのようにしか見えなかった。普段、フォーマルや一般的なカジュアルファッションの仕事が多い友雅からは想像もつかない程、厳つく見えた。それが功を奏していたといえるだろう。
 それでも似合っていて格好良いと思ってしまう辺りは惚れた欲目からなのか、天真はつい見惚れてしまう。

「…天真?」

 呆然と立ち尽くしている天真を不思議に思ったのか、友雅が顔を覗き込むようにして天真に声を掛ける。

「うわっ…っ!」

つい見惚れていた本人に間近に迫られて、天真は素っ頓狂な声を上げてしまった。見る見るうちに天真の顔はまたしても茹でたタコになっていく。

(うわーっ、今俺すっげーこいつに見惚れてたっ!なまじビジュアルがいいだけに何着ても似合うんだもんなー…)

 まるで一昔前の少女漫画のヒロインのように可愛いリアクションをする天真に、友雅の表情も綻ぶ。

「ふふ…私をそんなに熱く見つめて…可愛いねぇ」

真っ赤になった顔を両手に包んで照れている天真をそっと抱き寄せて耳元へ囁く。

「うわっ、こんなとこでっ…」

天真の抗議の声は空しく、すっぽりとその体は友雅の腕に納まってしまう。そうしてさらに体内の熱を上げた天真の鼓動は、友雅だけでは飽き足らず今にも映画館内全ての人に聞こえるのではないかと思うほど大きくなっていく。

「とっ、友雅止めろって…っ」

自分の腕の中で無意味な抵抗を続ける天真を、友雅は西洋の騎士に守られるお姫様よろしく軽々と抱き上げた。そして、今の自分が置かれている状況に慌てている天真に優しく微笑む。

「この映画を見たかったのだろう?早く行かないと見逃してしまうよ?」

そう言って天真を抱え上げたままで館内の指定されたスクリーンへと向かう。

 結局、ここで抵抗を続けても友雅の腕から落下してしまうことは目に見えている為、天真は抵抗を止めて大人しく従うしかなく、暴れるのを止めた彼を見て友雅は満足げに微笑った。


 指定された二番のスクリーン館内に入ると、すでに前宣伝が始まっているのか、中は薄暗くなっていた。照明が落とされ周りの様子が分かりにくい中で、友雅は他の観客の邪魔にならないように慎重に指定されている席を探した。もちろん腕には天真を抱えたままである。
 巨大なスクリーンからは今後の注目作品を紹介する映像が提供されている。天真が友雅の肩越しにその映像に釘付けになっているうちに席を探し当てた友雅は、その一つに天真を座らせた。天真は既にスクリーンの映像に熱中している様子で、友雅の腕から降ろされたことも気づいていないようだ。

館内には丁度その映画の全盛期を過ぎていたことから、まばらにしか観客はいないようだった。二人の席は中央の入り口から見て下手側の、後ろから数えて五番目の列の一番端で、少ない観客からは死角になっていた。それは友雅にとってはまたとない絶好のチャンスで、隣ですっかり映画の魅力に嵌っている天真はこれから自分の身に降りかかる災厄を知る由もなく、暫くは平穏に二人して映画の鑑賞を楽しんでいた─────


 映画が中盤に差し掛かった頃、天真は自分の体の上を動き回る何かに気づいた。それは映画に集中していた天真を翻弄するように、緩急のリズムを付けて蠢いている。目を凝らしてみても、今までスクリーンを見ていた目では暗い場所はさらに目が利きにくい。

(何だよ、これ…?何か動物でも入り込んでんのか?)

しかし、犬や猫などの感触でもない。もっと違う何かであることは分かるが、いまいちはっきりしない。

 天真がそうして考え込んでいるうちに、『何か』は動きを激しくしていく。天真が無抵抗なのをいいことに、様々な箇所を蹂躙しているのだ。

「…っ」

体を這い回る感触に、天真は息を詰めてしまう。それを、『何か』はそれ以上の行為に対する了解と取ったのか、今度は器用に天真のベルトとジーンズのチャックを外して、直接的にそこに収められていたものへと触れてきたではないか。

「っ…!」

これには流石に天真も驚きを隠せなかった。『何か』はあろうことか巧みな動きで天真の中心を揉み扱いている。

(マジかよ…っ?こんなとこで…誰だよこいつ〜!つーか映画見てねーで助けろ、友雅〜!)

 暗闇に慣れない目で隣を窺うと、友雅は何食わぬ顔で映画を鑑賞していた。少なくともこの時の天真にはそう見えていた。

「…ふっ、んん…」

だんだん強弱を増す動きに快感を引き出されつつある天真は、洩れそうになる声を自らの手で口を塞ぐ事で堪えようと試みる。しかし抑えきれない声がどうしてもくぐもった状態で出てしまうことに、天真は羞恥心で一杯になる。

(やばい…こんなの周りに聞こえてしまうじゃねぇか〜…でも…)

『何か』はどうやら天真の弱い所を見抜いているようで、恥をかくのは分かっていても天真はもはや声を抑えてなどいられない。

「…っあ…あん…」

 正体の知れない何かに追い上げられる屈辱が、さらに天真の中の熱を煽っていく。見えないことがこれほど恐ろしいものだと、天真は体験して初めて知った。

(違うのに…友雅じゃないのに俺、こんなになるなんて…俺…)

 自分を追い上げているのが友雅でないことが怖いと思う。それと同時に、友雅がこの事態に気づいてくれていないことも、天真にとって恐怖だった。それでも体の熱は収まるどころか激しくなる一方で。

「ぁ…あぁ…っ!」

結局天真は、見知らぬ『何か』によって達かされてしまった。

(…マジでイッちまった…こんな得体の知れない奴に…最悪…)

 このあと、すっかり『何か』はなりを潜めたものの、弄ばれた天真は映画の続きを見る気力を根こそぎ奪われてしまった。それ故、前々から楽しみにしていた映画だったというのに天真の中に映画を見たという認識は残らなかった。

(友雅の奴、後で覚えてろ〜?助けなかったこと思いっきり問い詰めてやるからな…っ)

 天真は深く自分の心に言い聞かせる。その横で友雅が意味ありげな表情でほくそ笑んでいたことを、天真は当然の如く知らなかった─────


疲れた表情で映画館から出た天真を、友雅は優しい眼差しで見つめながらどうしたのかと尋ねた。

「映画はお気に召さなかったかな…?」

「…馬鹿。そうじゃねぇよ」

 あんなことがあったのだから疲れていて当然である。そもそも目の前の男は本当に自分の恋人の危機を察していなかったのかと疑ってしまう。

(ま、多分気づいてねーんだろうな…平然とした面してやがるし…?)

映画館を出るまではあれほど憤っていたのに、今は余りにも普通の友雅の態度に、いろいろ考えてしまった自分が阿呆らしくなったのか、天真はかなり落ち着いている。

「天真…?一体どうしたんだい?」

 やはり先程のことは何も知らないらしく、友雅は心配そうに天真を覗き込んでくる。それが何だかやり切れなくて、天真は遠まわしに自分の身に起こったあの出来事を友雅に告げた。

「あの…さ、さっきお前…ずっと映画見てたよな?」

「…何故、そんなことを聞くのかな…?」

友雅は不思議そうな表情でそう聞き返してくる。

 自分とは十四も年が離れていて立派な大人の友雅は、話をはぐらかすなんてことを容易くやってのけてしまう。だから今自分がどんなに遠まわしに言ったとしても、最後には全部聞き出されてしまうのだ。
 ならば包み隠さず、潔く事実を話してしまった方がよいのだと、今までの経験から天真は悟った。

「さっき…、映画館の中で誰かが俺に…」

「君に…何?」

途中まで言って言い淀む天真に、相槌を入れることで話しやすいように手助けをする。

「俺に…変なことしてきたんだ…」

「変なことって…?」

 友雅の瞳が必死に言葉を紡ぐ天真をじっと見つめている。その、吸い込まれてしまいそうな深い緑の瞳に、天真は次の句を告げなくなる。

「変なことって…こういうことかな?」

 すっかり固まってしまった天真の耳元に、熱い吐息とともに囁きながら、友雅は熱の冷め切っていない天真の股間に己の手を沿わせた。その感触は紛れもなく、あの映画館の中で味わったものと同じだった。

「……っ!」

 天真の中で疑問になっていたことがはっきりとした形を構成していく。何かを確信してきつく友雅を睨み付けると、天真の自慢の恋人は意地悪い笑みを浮かべて笑っていた。

「と〜も〜ま〜さ〜ぁ、お前かぁー!」

「見えない恐怖に怯える君も実に可愛いねぇ…ふふ」

 天真が映画館で遭遇した『得体の知れない奴』とは、目の前にいる自分の恋人だったという事実に、天真は怒り心頭の様子である。

「お前っ、映画見てたんじゃなかったのかよっ?お…俺はお前が全然気づいてないと思い込んでたんたぜっ?それを…お前が真犯人だなんて、タチ悪すぎるぜ!」

余りにショッキングな事実に気が動転しているのか、天真は一気に捲し立てる。しかし友雅は、いつもの余裕に満ちた表情でいけしゃあしゃあと天真がもっと動転するようなことをさらりと言ってのけた。

「いや、まさか本当に私だと気づいていないとは思わなかったよ、私もまだまだ修行が足りないねぇ…」

 修行って何の…っ?と、思わず突っ込みを入れてしまいそうな程、天真の思考は現実逃避に勤しんでしまう。

 はっきり言って自分は、映画館の中という常識外れな場所で大事な場所を嬲られただけでなく、喘がされ、達してしまったのだ。これは天真にとって人生最大の汚点である。

「っ…、このエロ親父っ!もっと場所弁えてやれよなっ!」

「それは場所を考えてなら構わないということかい…?」

ああ言えばこう言う…、と天真は友雅の馬鹿みたいに前向きな思考に呆れてしまう。

(こいつは…何でそう取る?あーあ…俺、好きになる相手間違えたかな…?)

 心の中でそう思いながら、何でこんな奴なのに最後には許してしまえるのかと天真は思う。それはやはり自分も友雅を好きだからなのだろうかと。理由など、探してもいつだって一つに定まりはしない。
 ただ、はっきりと分かるのは友雅の存在が自分にとって大切だということ。いつも最終的にはそこへ行き着くのだ。

(何だ…俺ちゃんとこいつのこと愛してるんじゃねぇか…。好き、だから許せる…友雅が何をしたって、俺は友雅が傍にいてくれることを…いつでも望んでいるから…)

 一年の時間を過ごしてきて、自分の中で友雅への気持ちが出逢った頃よりも確実なものになっていたのだと、今更ながらに天真は気づいた。

「なぁ…、今からお前ん家行こうぜ?」

 すっかり考え込んでいた天真の様子を見守るように眺めていた友雅に、天真はそう言って友雅のジャケットの裾を引っ張った。

「君が来たいというなら構わないけれど…予約していた店には行かなくていいのかい?」

 友雅は前から天真が興味を示していた有名な料理店を、今日の為に予約していたのだ。それを蹴ってまで自分の家へ来ると言うとは思わなかったようで、つい聞き返していた。

「せっかく予約してくれたのに悪いとは思うけど…今はお前の家に行きたい。駄目か?」

「いや…構わないよ。それじゃ行こうか…?」

そう言って友雅が天真の肩を抱き寄せる。いつもならここで『こんなとこでっ』と文句を言う筈の天真は、意外な程素直に友雅の腕の中にその身を預けた─────


 玄関を開けて友雅は天真を中に促す。閑静な住宅街に建つこのマンションは新築のもので部屋の中もとても奇麗に整えられていた。

 ジャケットを脱いでハンガーに掛けると友雅は、台所へ向かいながら、

「このところ毎日のように仕事が入っていて、ろくに買い物をしていないのでね…たいしたものは作れないけれど構わないかい?」

と天真に問い掛けた。後についていって冷蔵庫などを覗いたら、確かにその通りだった。しかし、天真はその質問には答えなかった。
 代わりに友雅を自分の方に引き寄せて、自分の唇で友雅の唇を塞いだ。まるで貪るように吸い付いてくる天真の唇に、友雅の緑の瞳が大きく見開かれる。

 ややあって名残惜しそうに天真の唇が離れる。夕焼け色をした瞳には既に煽情的な色が含まれていて、いつもの彼からは想像も出来ない様子である。

「食事なんて後で良いから…俺を抱いてくれよ。お前の温もりが欲しい…」

「…天真…?」

いつもと違う天真の様子に、友雅は戸惑いを隠せず、そう言うのがやっとだった。それをもどかしく思ったのか、天真は自分の着ていた服を自ら脱ぎ、さらに友雅の服さえも脱がせようとし始める。

「俺…俺の中をお前で一杯にして欲しいんだ。なぁっ今すぐ俺を抱いてっ!」

何があの照れ屋で意地っ張りの天真をここまで駆り立てているというのか。なりふり構わない天真を見ていて、友雅の方も自分の欲望を抑えておくことが出来なくなった。

「天真…構わないのだね?」

後で怒られることのないように念の為の確認を取っておく。

「俺は…お前のこと好きだから、お前に抱かれたい…っ」

 友雅の伸ばす腕に縋るように抱きついて、天真は強く強く友雅を誘う。今までにない位に素直に自分の欲望を曝け出す天真は、友雅の瞳にとても眩しく映る。

「…天真…」

「…っ、とも…まさ」

 二人の身体が台所の床へと沈む。天真は自ら脚を開いて友雅の愛撫を待っている。その細く白い肌を友雅の指が、先程の映画館の時よりもより快楽を導く動きで這っていく。
 友雅の指のしなやかな動きは、天真の身体を熱く震わせ、弱い箇所を刺激される度に甘やかな喘ぎが零れ落ちる。

「あっ…はぁ…っ」

しかし、肝心な場所の周りばかりを焦らすように攻める友雅の指がもどかしいのか、天真は自分の腕を伸ばして、中心で震えている自分のモノに手を添えた。そしてそこを自分で扱き始める。

「…くっ…んっ…はぁっ…」

だが、その手は友雅によってすぐに遮られた。

「やだ…っ、止めんなよっ」

瞳を潤ませて懇願する様は非常に刺激的だ。

「君が自分で処理しては抱き合う意味がないよ…?」

「でもっ、周りだけじゃ我慢出来ねーんだっ!もっと…いつもみたいにして、早くここにお前の…挿れてほしいんだよ…っ!」

そう言って中心の奥の秘密の場所を、天真は脚を更に大きく開いて指し示す。

 確かに天真の言葉はただ一つの真実を告げていた。友雅と深く繋がりたい、互いの熱を分け合いたいのだと。
 もう既に、天真の中心は先走りの蜜で溢れ、後ろの蕾は熱い肉棒を求めてひくひくと蠢いている。天真の理性がもはやぶち飛んでいることは明白だった。

「そんなに…私が欲しいのかい…?」

情欲に濡れた声が天真の耳元で零れる。その些細なことさえも今の天真には、最高の刺激となって響く。

「ふぅ…ぅん…ほ、しい…友、雅が…欲しい…っ」

快楽に身を任せている天真は素直に自分の望みを告げる。その言葉を聞いた瞬間に、友雅の理性も完全に吹き飛んでしまった。

 天真の両足を抱え上げて間に自分の身体を滑り込ませる。そうして進入を待ち望んでいる天真のピンク色の蕾に、自身の熱く猛る熱棒を宛がうと、欲望の赴くままにその蕾を貫いた。

「あっ…ああぁっ!」

煽情的な喘ぎを洩らして天真の蕾は友雅を受け入れていく。繋がった箇所が熱くて、天真の中の熱はさらに膨れあがっていく。

「友雅…動いてっ、激しく…して…一杯っ」

「天真…っ」

天真の希望通りに友雅の腰が激しく動き始めていくのに合わせて、天真も必死に友雅に縋って腰を動かす。エロティックな水音が、ぐちゅぐちゅと二人の繋がった場所から零れて、部屋の中に響き渡る。

「あぁ…あんっ、あぁん…とも、まさぁ…」

完全に理性のなくなった二人は、まるで獣のように互いのみを求め合う。

「天真…愛しい月の姫…」

「ぁはぁぁん…熱い…お前と繋がってるとこ…すごく熱いよ…ぉっ、はぁぁぁっっ」

激しい律動を続けながら二人は愛情を通い合わせていく。今この瞬間、橘友雅と森村天真という二つの肉体は完全に一つに溶け合っている。

「友…雅、俺…もう…っ」

「ああ…私も限界だ…っ」

絶頂の瞬間の訪れを察して、二人はより強く強く繋がろうと互いの身体に貪りつく。そして、より一層激しく友雅は天真の中に己の欲望の象徴を突き刺した。

「…天真…っ」

天真の腰が一際大きく揺れて、背中は弓のように反り返る。

「ああっ…とも…まさっ、はぁ…ああああぁぁぁぁっっ!」

天真の喘ぎが部屋に木霊したのとほぼ同時に、天真の中に友雅の熱い精液が注ぎ込まれた。それより一瞬遅れて天真も欲望の蜜を大量に放出した─────


「あ〜あ…結局駄目になっちまったな、これ…」

 今朝腕によりを掛けて作った弁当の包みを眺めて天真は呟いた。結構な自信作だったが、完全に冷めてしまっては台無しというものである。

 もったいなかったかもと呟いている天真の姿に、包みの中身が気になった友雅は尋ねてみる事にした。

「それは一体何だい、天真?」

「えっ?あっ、これは…別に何でもねーからっ、気にすんなよ」

友雅の思わぬ問いかけに、こんな駄目になった弁当を見られるまいと、天真は慌てて包みを隠す。だがそれは逆効果だったのか、友雅はより包みに興味を持ってしまったようだ。

「隠すということは何か余程の物なのだね…?」

「うっ…だから何でもないって。ちょっ…寄ってくんな、んっ…んんっ…」

 頑なに抵抗する天真を壁際へと追い詰めて、強引に口付けを交わす。歯列を割って舌を差し入れて天真の口内を犯していく。その舌での愛撫に天真の思考能力が奪われ始める頃合を見計らって、友雅は天真が隠した包みを奪取した。

「さて…君が懸命に隠していた物は一体何なのだろうね…」

そう言って包みを開封する友雅を、熱い口付けに蕩けかけた意識を叱咤して天真は引きとめようとしたが、ほんの少しずれたタイミングの為にそれは適わなかった。

「ああっ───あ〜…」

「これは…弁当…かい?」

一人分には大きい弁当箱に、友雅はそう尋ねてくる。

「昼に一緒に食おうと思って…朝から作ったんだけど、お前遅れて来たし映画見るので食べてる時間なかったし…」

「君が作ってくれたのかい…?」

しどろもどろに告げられる内容から、天真が自分の為に作ったのだと知って、友雅は目頭が熱くなるのを感じた。

「えっと…ほら、お前忙しいからさ…栄養のあるもん食ってないんじゃないかって思って…って、お前何で泣いてんだよっ?」

天真が友雅の目尻から流れている液体を見つけて、大げさな声を上げる。確かに友雅は涙を流して泣いていた。

「単純にね…嬉しいと思ったのだよ…君が私のことを想って作ってくれたのだということが…ありがとう、天真」

そう言いながら幾筋もの透明の雫を流して友雅は弁当箱の蓋を開けた。中には季節の野菜を使ったヘルシーなサラダや、丁寧に俵の形に握られたお結びなどの色とりどりの品が綺麗に盛り付けられている。

「こんなに美味しそうなものを隠すなんて勿体無いよ…君の作ってくれたものだからね、私が全部頂いてもいいだろう?」

そう言っている間にもう友雅の腕は冷め切った弁当へと伸びている。

「えっ!?ちょっと待てよ…そんなの冷たくて食えないだろ…っ!」

しかし天真の声を聞かずに友雅は、お結びを手にとって食べ始める。

「友雅…それもうぱさぱさになってるだろ、そんなん食ったら腹壊すから止めろよ…」

天真は、自分の作ったもので友雅が体調を崩すことを怖れて注意するのだが、当の本人は全く気に止めずに黙々と天真の手料理を食べている。

「だからそのサラダももう萎びてるから食うなってっ!」

 何を言っても馬の耳に念仏というが如く、友雅は食べることを止めない。そうしてものの数十分で天真の用意した弁当は全て友雅の胃の中に収まった。

「ふふ…実に美味だったよ。やはり最愛の君の手料理はどんな物より美味しいものだねぇ…」

満足げに微笑んで、友雅は天真を見つめる。

「お前さ…最大級の馬鹿だろ?いくら恋人の手料理だからって、新鮮さが全くなくなったものなんか食うんじゃねーよ…」

 ここまで馬鹿なことを平気でするとは、天真は予想もしていなかったから衝撃は大きい。

(本当にこいつって、時々常識破りなこと平気でするよな…。あんなもん食って何かあったらどうするつもりだったんだよ?)

 目の前の超無謀男に、天真はそれでもやはり許してしまえる自分が自分でも不思議に思う。でも、とりあえずはこの命知らずな恋人が無事だったことに安心する。

 安心すると、自然と友雅の肌に触れてその温もりを感じたくなって、天真は友雅の腕に抱きついた。

「…馬鹿…。もう俺を心配させるなよ…」

そう言って友雅の腕に顔を埋めると、ぎゅうっと友雅の両腕の中に抱き込まれる。とても間近にある友雅の広い胸はひどく暖かくて心地いい。

「私はね…君の為なら幾らでも馬鹿な男になれるのだよ…君を愛しているからね…」

優しい声は心の奥深く浸透して、天真の心を愛情で満たしていく。それが嬉しくて、自分の為に何でもしてくれる友雅への愛しさが募って溢れる。


「…誕生日、おめでとう」

 
ぽつりと、友雅の胸で三度茹でたタコになっている顔を隠して天真は呟いた。恥ずかしくてまともに友雅の顔を見るなど出来やしない。

「天真…」

「まだ言ってなかったから…、この日がなかったらお前はここにいなかったんだ。だからお前が生まれたこの日に…俺はすごく感謝してる」

 生まれてきてくれてありがとう、ここにいてくれてありがとうと、照れて消え入りそうな声で友雅に伝えた。

「ありがとう…そんな風に言ってもらえると、生きていて良かったとそう思うよ」

 穏やかに微笑いながら、友雅は腕の中の天真の顎を引き寄せて優しいキスの雨を淡い色の唇に降らせた。

「天真…愛しているよ…君だけを何よりも」

「俺も…友雅を愛してる…」

甘い甘い、愛の言葉を互いに贈る。そうして、この先の長い時間を共に生きていこうと誓い合って。
 二人は永遠にこの幸せが続くようにと、願いを掛けた
─────


             彼の人が生まれ落ちたこの日に
               永久なる祝福があらんことを─────。
                            2004,9,4 up

















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