声の不思議

ある日、詩紋がいつものようにキッチンで菓子作りをしている間、イノリはリビングでテレビを見ていた。
ふと、イノリが何か言ったような気がして詩紋はキッチンからリビングを見やる。

「…イノリ君、今何か言った?」

そう訊かれてイノリはテレビから視線を外して答えた。

「え?オレ別に何も言ってねぇよ?」
「…そう?イノリ君の声が聴こえた気がしたんだけど…」

返ってきた返事におかしいな…と詩紋は生地の入ったボールを両手に抱えたままで小首を傾げる。けれどイノリがそう言うのだから違うのだろう。
そう思って詩紋が菓子作りを再開するべく視線をボールへと移した瞬間、またイノリらしき声が聴こえてきた。詩紋は今度はボールを置いてリビングへと移動する。困ったような顔で頬を僅かに膨らませて。

「イノリ君僕の事からかってる?やっぱり何か言ってるじゃない」
「えー?だから何も言ってないって。大体オレ今テレビ見てたし」

詰め寄ってきた詩紋にそう返事するイノリに、詩紋は確かにテレビがついていた事を思い出す。と同時に、先程のイノリらしき声がイノリのものでない事を確証づける要因も思い当たった。

(そういえばイノリ君テレビを見出すと集中しちゃって余り喋らないよね…じゃあさっきのは何だったんだろ…?)

そう思った時、また例の声が詩紋の耳へ届いた。けれど、今度はそれがイノリのものでない事も、どこから聴こえたのかも解った。

「あ、そうだよ…この声!今テレビから聴こえた声がイノリ君の声と似てる気がしたんだ…」

テレビの画面に映っている整った顔立ちの少年が喋っているのを指差して、詩紋はそう言った。

「テレビ?今喋ってるのって、モデルのヒノエってヤツだよな…確か」

テレビ画面には現在人気赤丸急上昇中のカリスマモデルであるヒノエの姿が映っている。イノリが見ていたドラマの主演男優を務めているのが、そのヒノエなのだ。

「うん。彼の声がイノリ君の声に似てる気がして…それでさっきからイノリ君が何か言ってるように思ったんだ」
「似てる…かぁ?自分じゃよく解らねーけどさ」

イノリの方はドラマを見ていても特にそうは感じなかったらしい。けれど、そう意識して聴いてみれば確かに似ていなくもないようにも思える。

「似てるよ…似てるから勘違いしたんだし…」

そう言いつつ少しずつ詩紋の言葉がゆっくりになり止る。どうしたのかとイノリが詩紋に声をかけようとすると、詩紋は唐突に画面に映るヒノエと隣にいるイノリとを見比べ始めた。
本格的にどうしたのかと心配になる。

「詩紋…?」

そう口にした途端、イノリは詩紋の手で普段立てている前髪を掻き乱された。当然イノリはその行動に驚く。

「ど、どうしたんだよ、いきなり…。綺麗に立ててたのにぐちゃぐちゃになっちまったし…」
「…よく見ると顔も少し似てるかな…?」

そう言って詩紋はまたヒノエとイノリとを見比べる。確かに、年齢が若い分ヒノエよりもイノリの方が幼さの残る顔立ちだが、燃え立つような真紅の髪と瞳も、顔立ちの主だった所も似ているように思う。

「そうなのか?そう言われてもオレは複雑な気分だけど…」

イノリとしては自分に似た人物がいるなどという事は余りいいとは思えないのが実際の所だ。しかもそれが人気のある芸能人というのが何とも釈然としない。

「…あ、別に似てるからどうだって訳じゃないよ?」
「でも、オレの声と聴き間違えたんだよな?それ、結構ショックなんだけどな…」

幾ら似ていたのかもしれなくとも自分の恋人に他人の声と自分の声を間違えられてしまうのは辛い。そんな気持ちでイノリは拗ねるような表情で少し俯く。

「…おまけに、顔も少し似てるとか、言い出すし?…気にもなるだろ…っ」

言いながら段々イノリの顔が朱に染まっていく。自分に似ている者がいるというその奇妙な感覚と、詩紋の勘違いに対する複雑な気持ちと、似ているという相手と自分との差に対する劣等感みたいなものと、それらが入り混じってしまっているのだろう。

「…イノリ君、それって焼きもち妬いてたりする?」
「…っ」

あからさまな動揺。詩紋の言葉は図星のようだ。

「…そりゃ、焼きもちくらい妬くだろ。お前がオレに似た別の誰かの事そんな気にしてる風にしてたらさ…」

拗ねた表情のままで呟くイノリに、自分から寄り添って詩紋は小さく告げる。

「…ごめんね、それから…ありがとう」
「…何だよ、それ…」

何に対しての『ごめん』と『ありがとう』なのか、それは聴かずともイノリには解ったが、詩紋の口からちゃんと聴きたくてイノリはそうとだけ返す。

「…聴き間違えたのと似てるって言った事がごめんで、ありがとうは焼きもちを妬いてくれた事に対して、だよ」
「詩紋…」

そう言われてはこれ以上不機嫌でいるのはただ時間を無駄にするだけだ。折角二人でいる時間であるというのにそれは何とも勿体無い事だろう。
そんなイノリの気持ちを詩紋も感じたのか、作りかけの菓子の材料をキッチンに残したままだと言う事も気に留めない様子でイノリに身を預けてくれる。

いい感じに捏ねられた生地の香りが漂う中で、腕の中に身を預けてくれた詩紋を抱き締めてイノリはささやかな幸せに浸るのだった。



一方、ヒノエの帰りを待ちながら彼の主演しているドラマを見ていた九郎は、内心動揺の嵐に見舞われていた。

(何故その女性に好きだなどと言ってるんだ、ヒノエ…。俺を好きだと言ったのは嘘だったのか…っ?)

ヒノエが現在主演しているドラマは良くある男女の恋愛を主体にした話だ。勿論話の流れによってはそういう告白などのシーンがある事もあるだろう。だが、今ひとつ現代に慣れきっていない九郎はそんな事など知らない。その上ドラマの中では誰もが芝居をしているという事も分かっていない。
今も撮影スタジオにいるヒノエは、九郎がそんな誤解をしている事など露とも知らずに仕事をこなしている筈だ。何とも皮肉な話である。

当然の如く仕事を終えて帰宅したヒノエを待っていたのは、誤解している九郎に対するドラマと芝居の何たるかを教えると言う大役だった。
その後、ヒノエが恋愛を主体としたドラマに出る事はなかったという…。




コピー本で出しているモデルヒノエと九郎の設定を使ってイノ詩でイノリを現代にお持ち帰りな設定を加えて書いてみました。
ただ単に私が『ヒノエの声を詩紋が聴いたらイノリに似てると思うんだろうか』と思っただけで出来た話です。
どちらも直兄の声な訳だし、口調やトーンは違っても元が同じだからどうだろうかと。
だけどこれは天真と九郎ででも使えそうなネタですね。でも詩紋と弁慶でこのネタをやったならイノリはカルチャーショック受けます、きっと(笑)
というか、久しぶりのイノ詩がこんなので済みません…m(__)m

そして折角なので最後に九郎を出しました。でもまたいらぬ誤解をしてますね。九郎は純粋なのでドラマとかも信じちゃうんですよ、きっと(*´д`*)
そのたんびにフォローするヒノエは大変…迂闊な事は言えませんね。



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