CHILDREN☆PANIC
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羽のように軽く柔らかな感触を感じながら、差し込む朝の光に意識が覚醒していく。
銀朱はまだ眠気の残る瞼を擦ってムクリとベッドに起き上がった。
スルッとベッドから出て、顔を洗う為に洗面所へ向かおうとする。
「…?」

何かおかしい。
銀朱はふと、そう思った。

視界が、いつもと違うように感じる。普段の目線からは明らかに低い目線だ。
その証拠に、いつもなら腰よりも低い筈のテーブルが銀朱の胸元くらいの高さになっている。

「…このテーブル、こんなに大きかったか?」

疑問に思いながら、しかしそれ以上気に留めず足を動かす。
しかし少し歩いた所でまた、違和感に襲われる。

「…歩き難いな。それに余り進んでいない気がするのは気の所為か?」

ベッドからまだそんなに離れていない事を不思議に思いつつ、何とか洗面所へ辿り着く。
が、またもおかしな事にぶち当たる。

「…何故洗面台がこんなに高いんだ…?」

先程のテーブルと同じく自分の胸元くらいの高さになっている洗面台を見やりながら呟く。
これは明らかにおかしい。
銀朱は手近にあるものを見繕って足場を作ると、洗面台の鏡を覗き込んだ。
「…っ」

思考が一瞬、停止した。
息を詰めて、鏡の中に映る己の姿を凝視する。

「な・・・何だ、これはー・・・っ―――――!!」

鏡に映った自分の姿から視線を剥がせないまま、銀朱は声を荒げて叫んだ。
その声も普段より遙かに高いトーンで、ますます銀朱を驚かせる。

「…どうして、こんな事に…」

鏡の中の自分と自分の身体とを何度も見比べ、鏡に映る姿が確かに今の自分なのだと自覚して、銀朱は泣きたい気持ちになる。

手を握ったり開いたり、腕を動かしてみるが普段より明らかに短い指と腕の長さが現実を突きつけている。
軽く頬を抓ってみても痛みを感じるだけで、夢ではないのだと思い知るだけだ。

「…っ、朝から騒がしいな…どうしたんだ、銀朱…?」

不意に、先程銀朱の出てきたベッドから寝起きの声で玄冬が言った。もぞっと動いて体の向きを変え、銀朱のいる方へ視線を彷徨わせる。
その玄冬の気配を察知して、銀朱はそれが無駄と知りつつも必死になって抵抗を試みる。

「うわっ…見るなーっ!!」

しかし、そんな銀朱の抵抗虚しく、玄冬はバッチリと変わってしまった銀朱の姿をその双眸に捉えた。
玄冬はそれにピクリと眉を動かすが、それ以上の動揺は見せずに起き上がる。
おもむろにベッドから出てうろたえている様子の銀朱の方へと近づく。

「…あんた本当に銀朱か?…よくこれだけ縮んだもんだな…」

自分の腰の高さにも満たないくらいの身長になった銀朱を、感慨深い眼差しで玄冬は見やる。
その視線に何とも形容し難い気持ちになり、銀朱は噛み付くように悪態をついた。

「貴様、俺を愚弄する気か…!?…っ、そんなにじろじろ見るな…っ」

「…参ったな、理由は分からないけどあんたがそんなじゃ色々不便だぞ」

十歳前後くらいに若返ってしまった銀朱を見下ろしたままで玄冬は、

(これは…これから色々と大変だな。こんな姿じゃ隊員の前にも出せないし、執務なんて当然出来やしないだろうし…何よりも夜の楽しみが減りそうだぞ…さて、どう対処するか問題だな)

と、事の外事態を冷静に分析しながら、大きな溜息を吐き出した。
ブツブツと呟きながらまだ落ち着く様子のない銀朱を見やり、スッと近づいて常以上に細い腰を捕らえ抱き上げる。
当然、銀朱は驚くのと同時に反発するように叫ぶ。

「き、貴様何をする…!?降ろせ…っ!」
「…軽いな、いつもより遙かに軽い。まぁ、そんな身体じゃ当然か」

銀朱が叫ぶのを何ともないようにさらりと流し、噛み合っていない返事を返す玄冬を銀朱はポカッと殴る。
しかし、当然ながら子供の姿になってしまった銀朱の力ではたいしたダメージにはならなかった。

「…あまり騒ぐと人が来るぞ、今の姿を見られてもいいのか?」
「うっ…うー…っ」

玄冬に釘を刺され、銀朱は慌てて口を噤む。
どういう訳か子供の姿で、玄冬に抱き上げられている自分の姿など見られて気分のいいものではない。
それを悔しく思いながら、銀朱は唇を噛み締めて大人しく玄冬の腕に収まる。

「…不覚だ…」

落ちないように玄冬の腕にしがみつきながら悔しげに呟く銀朱の様子に、自然と表情を和らげながら玄冬は銀朱を抱えたまま部屋の奥のベッドへと戻り、そこへ銀朱を座らせた。

その隣へ自分も腰を下ろす。

「とりあえず、状況を把握しなくてはな…今の段階で分かる限りの事を、話せるな?」
「…ああ」

そう言って静かに尋ねてくる玄冬に、未だ混乱する思考を叱咤して銀朱は隣をそっと見上げ自分を見つめている視線と自分の視線とを合わせた。


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