もうどれくらい走ってきたんだ…?重傷のオミを置いてオレだけ…アヤとヨージに合流する為に逃げてきた。
 オレは卑怯だよな…本当は置いていくつもりなんてなかったのに、結果的にオミを見捨てたんだ。
 あの時のオミの気迫に負けたからって、何でオレは放っておけたんだ…!あんな大怪我してるのに…っ。 情けねぇ…こんな自分が情けねぇよ…。
 オレはあの時オミを置いてきた事を心底後悔した。今、オミは無事なんだろうか…もしかしたらもうここへは来ないんじゃないかって…思ってしまう。…駄目だ、そんな風にマイナスにばかり考えてちゃ…駄目だっ。
 オレは次々に浮かんでくる悪い考えを追い払おうと必死になる。そこへ突然、よく知った…けれど痛ましいまでの殺気と憎しみの篭った声がかかった。
「ケン…今度こそ…死んでよ…!」
 那岐だ。オレが振り返った先には那岐が力を凝縮した大きなエネルギーの球体を作って立っていた。那岐はそれをオレにぶつけようとしている。
 確かにあんなものをこんな至近距離で食らったら一溜まりもない。まず助からないだろう。
「…受けろ…僕の恨みを…!」
 那岐は憎々しげにそう叫んで、エネルギー球をオレ目掛けて放った。ここまでかとオレは覚悟を決めて、目を閉じる。もう二度と皆に会えないけど、仕方ないよな…。
 間近まで那岐の放ったエネルギー球がオレに迫ってくる。だけどそれがぶつかる瞬間、はっきり聴こえたんだ…オミの声が…。
「…だめぇ…!!」
 強烈な閃光と共に爆発が起こる。辺りに飛び散る鮮血。那岐は力を使い果たして倒れ…そして…。
「…良、かった…ケンくんに…怪我…なくて…」
 目前で起きた目を覆いたくなる現実に凍りついたように視線を剥がせないオレの腕の中に、満足そうに微笑みながらオミが倒れこんできた。
「…オミ…!」
 俺はオミを支えながらその場に座り込んでその名を呼ぶ。
「…ケン、くん…折角ここまで追いかけて来れたのに…ごめんね?僕…本当にもう…駄目みたい…」
 苦しげに息を切らせながらそう言うオミの言葉に、これが現実だなんて思いたくないのにオミの体温がどんどん奪われて行くのが、オミが本当にヤバイ状態だって事が解ってしまう。
 オレは何も出来ないのか…?もう…手遅れだっていうのか…?オミの命が尽きていくのをこのまま手を拱いて見ていなくちゃいけないなんて…っ!!
 オレがそう思っていたら、オミはオレを心配させまいと再び口を開いた。
「…ありがとう…ケンくん…。僕…ケンくんやアヤくん…それにヨージくんと出逢えて…一緒にいられて、本当、に…良かった…。…本…当に…」
 そこでオミの言葉が途切れる。オレは嫌な予感がして慌てて声をかけた。
「…オミ?おい、オミ!?」
 声をかけても何の反応もない。力なくオミの手が地面に滑り落ちる。オレは最悪の事態を思い描いてオミの心臓の辺りに耳を近づけた。
 オレの頬を静かに涙が伝う。鼓動を止めた心臓…もう二度と開かれないオミの瞳…代われるものならオレが代わってやりたかった…。でも、今更何を言ってももう後の祭りだ。
「…ケン?そこにいるのか…ケン?」
 ふいにオレを呼ぶ声がした。この声はアヤだ…。そう思って顔を上げれば、オレの後方からアヤが姿を見せた。
「アヤ…オミが…オミが…っ」
 オレはやっとアヤに会えた安堵感とオミを失った悲しみがごちゃ混ぜになって上手く言葉を紡げず、それだけしか声にならなかった。
 そんなオレをアヤは何も言わずにそっと抱き寄せてくれる。そうしてオレの耳元へと囁く。
「もう泣くな…いつまでもそんな風に泣いていたらオミに笑われるぞ?」
 それは言葉だけを重視すればなんて冷めたヤツなんだって内容だったけど、それを言葉にしているアヤの声が震えていたから、オレは不思議に思ってアヤの顔を見上げた。
 するとアヤも…オレには泣くなって言いながら涙を流していたんだ。だからいつの間にかアヤにとってもオレ達が大切な存在になっていた事が解った。
 それが堪らなく嬉しくて、オレの顔に自然に笑みが生まれた。
「…そう言うお前が泣いてちゃ説得力ねぇよ…アヤ…」
 オレがそう言うと、
「そうか…それもそうだな…」
と、アヤは苦笑いと一緒に返してくれた。 
 アヤが来てくれたお蔭である程度落ち着きを取り戻したオレは、アヤと一緒にいた筈のヨージの姿が見えない事が気になった。
「アヤ…ヨージは?ヨージはどうしたんだ…?」
 オレがそう尋ねると、途端にアヤの顔が曇って険しい表情になった。
「ヨージは…俺にお前とオミを守れと…俺を逃がしてクロフォードの足止めをしてくれている。なのに俺は何故もう一足早くここへ辿り着けなかった…!?もう少し早く来ていたらオミを助けられたかもしれない…お前を悲しませずに済んだかもしれないのに…!」
「アヤ…」
 違う…オミを助けられなかったのはオレが無力だったからだ。アヤの所為じゃない…。駄目だ…オレの弱さがアヤまで苦しめてる…っ。オレが…オレがしっかりしなきゃ…!
「助けに行こう…アヤ…ヨージを助けに、行こう…!」
 オレは苦しげな表情で自分を責めているアヤにそう提案した。もしヨージがまだ無事でいるなら、せめて一目でもオミに会わせてやりたい…。そんで謝らなきゃ…オミを守れなくてごめんって…。
「…そうだな…俺の方こそ取り乱して悪かった…」
 そう言ってアヤは俺に微笑みかけてくれる。
「いいよ…こんな事になって何も思わない方がおかしいだろ?気にするなよ。それよりも…」
 オレは急いだ方がいいと視線でアヤを促す。アヤもそう思ったのか、頷いた。
「ああ、向こうも残っているのはクロフォード一人だ。三人でならば…何とかなるかも…」
 そこまで言ってアヤの言葉が一時停止する。その直後にアヤが血相を変えて叫んだ。
「ケン…っ!!」
 突然体が突き飛ばされてオレは派手に尻餅をついた。起き上がって顔を上げると、眼前の光景にオレは思考が止まる瞬間を体験した。
 一瞬、本当に何が起こったのか分からなかった。…いや、その決定的瞬間をオレの思考回路は排除しようとしたのか、本当に何が起きたのかオレには理解出来なかったんだ。
 僅かな間の後、何とか我に返ったオレの脳裏に焼きついたのは、クロフォードの身体を貫くアヤの紫苑と、アヤの胸に深々と突き刺さっているクロフォードのナイフと、目の眩むような紅い紅いアヤの鮮血…。
「…ぐは…っ!」
 アヤが喀血しながら地面に膝をつく。
 クロフォードがオレ達を罵るような内容の言葉を吐きながら崩折れていく。
 そうしてクロフォードが完全に事切れると、アヤの身体も地面に倒れ込んでしまった。それまで余りに突然な出来事にただ傍観するしか出来なかったオレにまともな思考が甦る。
「…アヤ…!!」
 オレは目尻に涙を浮かべアヤの側に駆け寄ってアヤを抱え起こす。そうすると、ゆっくり瞼を上げてアヤの澄んだ紫紺の瞳にオレの姿が映された。
「…ケ…ン?」
 アヤがオレを呼ぶ。オレはそれに応えるように、アヤの手を握ってここにいる…って返事する。そうするとアヤは満面の笑みを浮かべて、
「…お前が無事で…良かった…」
って言うんだ。…どうして…どうしてお前までオミと同じような事言ってんだよ…っ。
 アヤが激しく咳き込み、再び血を吐く。
「アヤ…!」
 オレはアヤまでがオレを置いて逝ってしまうんじゃないかっていう不安に駆られて、必死にアヤの名を呼ぶ。
「…俺の命運も…尽きたという事か…。済まない、ケン…俺もどうやら…ここまでのようだ…」
 アヤがオレの手を握り締めて言う。その手を通してアヤの体温が、さっきのオミと同じようになくなっていくのが、解る。
「アヤ…っ」
 …返事がない…。オレは恐る恐るアヤの顔色を窺う。すると、既にその瞳は閉じられ、青ざめた顔をしていた。アヤが…アヤが死んでしまう…!!
「嫌、だ…逝かないでくれ…オレを一人に…しないでくれよ…アヤぁ…っ!!」
 オレは必死にそう叫ぶけど、無情にもその時が来た事を悟ってしまった。触れ合っていたアヤの手が…オレの手を擦り抜けて、地面に落ちたんだ…。
 その瞬間、オレの中の何かが音を立てて崩れ去るのが自分でも分かった…。
「うわあぁぁぁぁ…―――――!!」


 …声が聴こえる…。俺を呼ぶケンの声が…。意識を飛ばすのはまだ早い…頼む、もう少しだけもってくれ…俺の体…。
 俺は薄れていく意識を叱咤して重い瞼を上げる。すると、俺はケンに抱き締められていた。ケンはそうしてただひたすらに俺の名を呼び、涙を流している。
 その目がまるで感情のない人形のように虚ろで…切なくなる。頼むからそんな顔をしないでくれ…ケン。
 俺はそんなケンを放ってはおけなくて、ケンを抱き締めてやる為に痛む身体に鞭打って起き上がった。そしてケンの身体をそっと包み込み、優しく口付けを送る。
「ケン…お前だけを…愛している…」
 だから頼む…もう一度いつものお前に戻ってくれ…心を閉ざさないでくれ…。俺は…お前の側に…いつでも…いるから…ケン…。
「…ア…ヤ…?」
 …ケンがいつもの瞳でオレを見つめる。…良かった…俺の惚れたケンに戻ってくれた…。
 俺はケンの心が甦った事に安堵した途端、全身の力が抜けそのままケンの腕の中へと倒れ込む。
 ああ…意識が遠のいていく…ケン…せめて最後にお前の笑顔が見たかった…。だが…もう時間が来たようだ…。別れは…告げない…お前をこれ以上悲しませたくはないからな…。ケン…お前と出逢い、愛し合う事が出来て…本当によかった…。フッ…そのお前の腕の中で逝ける俺は幸せ者だな…。
 そうして俺は、ケンの心地良い温もりに包まれながらそっと目を閉じた…。


 涸れる事を知らない涙を流し続けるオレの唇に、ふいに甘く柔らかい感触がした。それがオレの歯列を割って緩やかに侵入してきた事でアヤにキスされているのだと分かる。
 そして次にオレの思考はアヤにまだ息があった事を理解する。
「…ア…ヤ…?」
 オレはアヤが助かったという期待と、これは自分の都合のいい夢か何かではないかという不安の入り混じった瞳で目前のアヤを見つめた。
 そんなオレに何故かアヤは至高の笑みを浮かべる。けれどそれも長くはもたず、アヤはフラリとオレの腕の中に倒れ込んできた。
 そして…今度こそアヤが本当に深い眠りについたのだと、完全に冷たくなって動かなくなった体から、痛い程に伝わってきた。
「ア…ヤ…」
 オレはアヤを膝の上に乗せる形でその場に座り込む。まるで眠ってるだけなんじゃないかって錯覚するような安らかな表情…けれどアヤはもう…。
「…結局、またオレ一人…生き残った…また…」
 どうして…どうしてオレの周りだけがこうして逝ってしまうんだろう…。どうしてオレだけが残ってしまうんだ…いつも…。
「アヤ…オレ…どうすればいい…?」
 お前が側で生きていてくれなきゃ今のオレが生きてる意味なんて何一つないのに…それでもオレが死んでお前の側に行く事は許されないのか…?
 ああ…それとも一人で生き続ける事がオレに与えられた裁きなのか…?アヤという片翼をもがれたまま…この天空の底で這い蹲って生きていくしかないのか…?
 なぁ…アヤ…お前はどう思う…?
「アヤ…教えてくれよ…なぁ…アヤぁ…っ」
 けれどもう動かなくなったアヤにその答えが出せる筈もなく、オレの悲痛な声は闇へと消えていく。オレはそれ以上何を言うでもなく、ただアヤの亡骸を抱き締めその名を呼び続けた。
 そして、そんなオレの心を表すかのように天空は淀み、荒れ狂う風がいつ果てるともなく吹いていた―――――。


 

かなり加筆修正を加えてしまったんで元の話と結構変わりました…。ただ、流れは変えてません。
Weiβはこういう暗くて痛い話が心置きなく書けて良いですね。こういうのがなかなか書けない作品も
あるのでついついWeiβはこういう話を沢山作ってしまいます。
今更な補足ですが、この話においてアヤケンとヨーオミはカップルとして成立してました。それを念頭
に置いて読んでもらうと更に痛い話になります(爆)                              

2004,9,11 up


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