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 サフィーリア海―それはこの世界の大半を占める海の中で最も中心部の、全ての大陸を繋ぐ海域である。そのサフィーリア海を北東へと行けば、海に面して港町シーアークがある。
 この町は港町であるだけに大きな町で、人の交流も多く賑やかで活発である。港では町の漁師が漁を行なって得た魚介類などで市を出し、それを買い求める者達の姿も活気に溢れている。
 そんなシーアークの町の入口に、二人の男の姿があった。一人はルビーのように赤い髪のどこか陰のある雰囲気を持ち、もう一人はオレンジ色の長髪を靡かせ鋭い印象の表情をしている。
「…先回りしたのはいいが、待つだけってのは面白くねぇよな…さて、どうする?」
 先に口を開いたのは、オレンジの髪の男の方だ。もう一人の男に何やら意見を求めるように問いかけている。面白くない、と言うその表情は、言葉と裏腹に何かを企むようにニヤニヤと薄く笑みを浮かべている。
「…賑やかな街だ…俺はこういう所は好きじゃない」
「相変わらず固いやつだな、アヤ…」
 返ってきた言葉のそっけなさにオレンジ髪の男は呆れたようにもう一人の男―アヤに言った。
「お前は満更でもないような口振りだな、シュルディッヒ…?」
 オレンジ髪の男―シュルディッヒに『固い』と言われた事も気に止めていない様子で、アヤはこの状況を楽しんでいる様子のシュルディッヒへそう返す。
「まぁな。とりあえず俺はちょっと街ん中回ってくるけど、お前は…?」
 そう言うシュルディッヒの顔はまた何か企てているような笑みを浮かべている。アヤにはそれだけでシュルディッヒが何をしようとしているかおおよその判断がついた。わざわざ自分まで同じ事をする必要はないだろう、と考えて問いかけに対する返事を返す。
「…酒場にでも行っている…奴らが現れたら連絡してくれ」
 アヤがそう言うと、納得したというように数度頷いてシュルディッヒは移動するべく歩き出す。
「了解…じゃあまた後でな」
「…ああ」
 手をひらひらと振りながら挨拶を交わして街の中へと去って行くシュルディッヒを見送ると、アヤも酒場を目指して歩き出した。


「ケンくん、ヨージくん、見えてきたよっ!!」
 パタパタと透明な羽を動かし移動しながら、オミがやや後方のケンとヨージに声をかけた。だだっ広い草原を歩いていた二人は、オミの言葉に前方へ目を凝らしてみる。すると、やや離れた場所に目指す街が映った。薄くて綺麗な羽を器用に動かして飛びながらオミが二人の側まで戻ってくる。
 オミには羽がある。鳥類の持つような翼ではなく昆虫などのそれに近い、薄くて透明な四枚の羽だ。その羽はかつて絶滅したと言われている妖精の一族が生まれつき持っているものであり、オミはその滅んだ妖精の一族の唯一の生き残りなのである。
「俺この町は初めてだが…結構大きいじゃねーか」
 だんだん近づく目的地を見やりながらヨージがそう呟く。すると、その隣のケンも同じように視線をそちらへとやったままで話す。
「…やっぱ港町ってだけはあるよな。今日は久しぶりにいい宿屋に泊まれそうだな」
「マジか?最近野宿ばっかだし、たまに泊まれても今にも潰れそうなトコだったりって事もあったしな…辛かったんだよなー」
 ケンの口から零れた『いい宿屋に泊まれそう』の言葉に、ホッと胸を撫で下ろしてヨージは更に呟いた。そんなヨージの背後にいつの間にか回ってきたオミが、後ろからヨージに抱きつく。
「だったら早く行こうよ!そろそろおなかも空いてきたし…ね?」
 促すように背後から早く早くと言われ、流石にやや辟易するヨージであるが、返事を返せずにいるとケンがまるでフォローをするように、
「…そうだな。よし、行こう!」
と、返していた。
 ケンの決定に異議を唱える者もなく、オミもヨージもケンの後に続いてもうほんの僅かの距離にまで近づいた町を目指した。


 街の中心に位置する町を警護する為の人員が配備されている保安局の前に、シュルディッヒは来ていた。その入口から少し離れた場所に立ち、周りの様子を窺っている。
「…それにしても人が多いな。まぁいい…その方がこっちにゃ好都合だ…。…眼にもの見せてやるぜ、勇者共…」
 そう小さな声で呟いて、シュルディッヒは保安局の中へと入った。

「何だって…?それは本当かね?」
 保安局の中に、驚く声が響いた。常駐の保安官が上げたその声に、シュルディッヒは表情を曇らせゆっくりと保安官へと話す。
「はい…彼らは私の村を滅ぼし言ったのです、自分達は魔族の軍団を預かる者で…次はこの町を狙う、と…。私は必死でここまで走り、それを伝えに来たのです…!」
 それはシュルディッヒ達が事を上手く運ぶ為の演技であった。そうとも知らず、保安官は普通の村人の姿に変装して話をするシュルディッヒをすっかり信用している。
「わかりました、今から街中に伝令を出します。さぁ…あなたもこちらへ…」
「ありがとうございます…っ」
 保安官は命からがら逃げてきたのだろうと思い込んで、シュルディッヒを奥の部屋へと入れようとしているようだ。それをシュルディッヒは当然の如く受け入れて、奥の部屋へと向かう。
 奥の部屋に入り、保安官がドアを閉めるのを見やりながら、シュルディッヒは心の中で楽しげに笑っていた。
(さて…どう出る勇者共…?お前達の守ろうとしている人間達は今、お前達の敵だ…ククッ…)
 保安官が去ったその室内には、もうシュルディッヒの姿はなかった―――――。

                                 

                                                                  2004,11,26 UP



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