緑豊かに清き水の流れる、大自然の恵みに彩られ見守られる大地―太古の昔よりこの地には人間と魔族、妖精や獣人といった様々な種族が、互いの均衡を守りながら日々を暮らしていた。
悠久と思われる長き年月が平和に、緩やかに流れていった。全ての種族が助け合い、支え合いながら…幾年も幾年も、過ぎた。
だが、長き歴史の果てにその均衡がある者の手によって破られ、起こるべくして全ての種族を巻き込む大きな戦が勃発した。
情勢は乱れに乱れ、多くの命が戦場に散った。罪も咎もない沢山の尊い生命が、ただ一人の魔族が巻き起こした戦の犠牲となった。土地は荒れ果て水の流れは濁り、数々の戦の後には飢饉が起こって更なる生命が失われた。
激動の時代は長く続いた。多くの種族が滅亡に追いやられ、未来に希望も何もないと人々はただこの世を憂いて嘆くばかりだった。そんな折、人類に一条の光明が差し込んだ。
戦の発端となった魔族を打つべく立ち上がる若者が現れたのだ。聖なる光を身に宿し、魔族の邪悪な闇を打ち払う姿に、いつしか人々は若者を『勇者』と呼び敬うようになった。
そうして長き時を経て、地上に残された魔族と人類との戦は、魔族の長たる魔王を勇者が討ち滅ぼした事により終結を迎えた。
だが、かつての戦の爪痕は容易く消えはせず、人類と生き残った魔族の間には依然として大きな亀裂が生じたままだった。
そして『第一次人魔大戦』と呼ばれたかつての戦から遙かな歳月が流れた現在も、人と魔族の戦いは水面下で静かに続いているのだ―――――。
プロローグ
廃墟と化した街の中を、ケンは沈痛な面持ちで見つめていた。瓦礫と粉塵に覆われた、もう今は生きていない街の姿に、痛む胸を押さえるように拳を握り締める。
「…酷い有様だな…」
「…もうこうやって幾つの街や村が魔族に滅ぼされたんだろう・・・。早くこんな戦い、終わって欲しいのに…」
沈んだ様子で呟くケンの言葉に、オミが同じく沈んだ様子でそう返してくる。その目は悲しげに涙を浮かべ、廃墟の街に転がる綿の飛び出たぬいぐるみに注がれていた。その先には瓦礫があり、その僅かな隙間から小さな手が覗く。おそらく、戦の犠牲となった街の子供だろうと思われるその小さな腕が酷く痛ましい。
「ああ、そうだな…そんでそれをするのが俺達の使命だ。そうだろ…?」
瓦礫の先に視線を向けたままのケンとオミの横から、ヨージが力強くそう言った。その言葉に、ケンとオミはヨージの方へと視線を移す。
「…分かってる。誰かが動かなきゃ何も救えないんだ…だから…」
オミの瞳に強い決意を秘めた光が宿る。そして、ケンの瞳にも。誰かが立ち上がらなければ事態は変わらない。それどころか悪化する一方だと、先人達は戦の歴史を書物にする事で後世に語り継いできた。まさにその通りだと、ケン達は理解しているのだ。
「…行こう、こうしている間にも魔族達はまた別の街を襲撃してるかもしれないんだ。そんな事をさせる訳にいかない…」
「ああ、行こう。こんな虚しい争いを終わらせる為に…」
ケンの言葉にヨージがそう返して、踵を返す。その後にオミが続いて。
(そうだ…こんな戦い、終わらせなくちゃいけない…何の罪もない人が傷ついて苦しんで…そんな事を見過ごしたり出来ない!)
廃墟となった街の姿を忘れないようにと、もう一度だけその光景を見つめて、ケンはその街を後にした。
世界の何処かに存在すると言われる魔族達の住まう土地―その中心に不気味に聳え立つ魔の居城の玉座の間に、聞く者を畏怖させる声が響く。
「…アヤ、シュルディッヒ、そこに控えているな」
現在魔族を統率している魔族の王子・クロフォードが玉座からそう声を発したのだ。多くの魔族にとってその存在は絶対的なもので、その呼びかけに応じないという事は万死に値する不届きな行為とされている。
当然ながら、名を呼ばれたアヤとシュルディッヒは既に玉座の前に馳せ参じていた。恭しく頭を垂れて、忠節を守っている。
「はい、我らをお呼びになられたのは如何様でしょうか?」
アヤは面を上げて主君たるクロフォードに尋ねた。魔族の軍団を預かる軍団長を務める自分とシュルディッヒの二人をわざわざ呼びつけるとなると、何か並みの魔族では手に負えない事態が起こっているという事だろう。それならば直ちに詳しい事を聞いて何らかの対処をする必要がある。
そう思ったのはシュルディッヒも同じらしく、黙ってクロフォードが用件を話すのを待っている。
「勇者達の現在地が判明した…即刻出陣し、彼奴らの首を持ち帰れ」
クロフォードが冷ややかな声で命を下した。かねてより追い続けていた勇者達の足取りが掴めたと言うのだ。その朗報にシュルディッヒがいち早く反応を示す。
「…畏まりました。このシュルディッヒ、王子の為必ずや勇者どもの首を討ち取ってまいります」
敬礼と共に、強い意思を込めた声でシュルディッヒは宣言した。だが、それに対してアヤは冷静に更なる質問をクロフォードに投げかける。
「…して、勇者どもは何処に…?」
下された命を全うするにも肝心の居場所が判らねば話にならない。アヤは判明したという勇者達の現在地を尋ねたのだ。すると、軍用地図の一部を指し示して、クロフォードがそれに答える。
「ここだ…サフィーリア海に面した海洋の街・シーアーク。この街に向かっているのをナギの遣い魔が調べてきた」
ナギの遣い魔の話によると、どうやらそこから船で別の大陸へ移動しようとしているらしいという事だった。もし、大国と手でも組まれれば、幾ら魔族に人類にはない脅威の力が備わっていても厄介な事この上ない。
そうなる前に、何としてもその行く先を阻まねばならない。
「お前達は先回りして奴らを待ち伏せ、辿り着いた所を討つのだ…いいな?」
「…御意…」
再度命を下したクロフォードに、アヤとシュルディッヒは同時に頭を垂れて恭しく答えた。
「…勇者ケン…私の野望を邪魔するお前を生かしてはおかない…わが自慢の部下の手によって果てるがいい…」
憎々しげに吐き出される言葉と冷ややかな微笑が、暗雲に覆われた魔の城に妖しく木霊する。
かくして、運命に導かれるように新たな歴史の幕は開かれた―――――。
2004,9,9 UP
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