今更…九郎争奪戦?…みたいなもの(笑)
ACT,0 望美の企み |
ひらひらと、淡い色合いのレースがついた可愛らしいスカートが窓から入る風に舞っている。 「フフフ…皆がどんな反応するか楽しみだわ…」 スカートを手に笑みを隠しもせずに笑っているのは、望美だ。良く見ると反対の手にはスカートと同じくレースで彩られた可愛らしいブラウスがある。 「これを…あの人が来ていたら、きっと皆目の色変えるんだから♪」 小悪魔のような笑顔で望美は自室を後にして、一つの部屋へと足を向けた。 |
ACT,1 九郎の受難 |
目の前でニコニコと笑いながら望美が差し出した物を見て、九郎は目を丸くしながら溜息混じりに呟いた。 「…これを、俺に着ろ、と…?」 フリフリのフリルのレースが着いた余りにもファンシーな衣服に、疑う心を知らない九郎でも流石に警戒心を見せる。 「…だが、どう見ても男が着るような物では…」 顔を僅かに朱に染めてもにょもにょと口篭る九郎に、しかし望美はポン、と九郎の肩にそっと手を乗せる。 「大丈夫よ、九郎さんなら問題なしに似合うから!」 「…いや、似合う似合わないの問題では…ないと…」 自信満々に返されてたじろぎながら返す九郎だが、既に語気は望美の気迫に飲み込まれている。 「ああ、もう!御託は良いからさっさと着る!これは神子命令よ!」 結局望美の迫力に勝てなかった九郎は渋々差し出された衣服を手に取るのだった。 |
ACT,2 ヒノエの場合 |
望美の気まぐれに付き合って差し出された衣服を身に纏った九郎は、そのまま望美に連れられて外へと出ていた。突き刺さる周りの視線にどうしても口数が少なくなり、視線は地面を向いてしまう。 「ヒュ〜♪」 不意に耳によく聴き慣れた口笛が聴こえて、九郎は弾かれたように俯いていた顔を上げる。 「神子姫が急に呼び出すから何かと思えば…こんな余興を用意してくれてるなんてね。今日のオレはついてるな」 顔を上げた先にはばっちり全身を洒落た衣服に包んだヒノエが、楽しげに九郎へと視線を注いで立っていた。 「可愛い、九郎…やっぱりオレの姫君は何を着ても似合うね…」 そう言いながらヒノエはちゃっかり九郎の距離を縮めていつの間にやら手まで取っている始末だ。 「うわ…っ、何をするヒノエ…っ?」 チュッ。 そんな音を立てて九郎の手の甲にヒノエの口付けが落とされる。 「このまま攫ってしまいたくなるね…本当に、可愛くて綺麗だよ…」 「はい、そこまで!」 本当に九郎をそのまま攫ってしまいそうなヒノエを制止するように、望美が間に割って入る。 「え…?」 「…随分野暮な事をするね、望美?」 何が何だか分かっていない九郎と、邪魔をされて些か納得がいかない様子のヒノエを、望美は交互に見やった。 「ヒノエ君が九郎さんを攫っちゃうって展開も美味しいし私的にはむしろオッケーなんだけど…それじゃあ世の中のニーズに答えられないのよね…だからヒノエ君は一先ずここまでなの!」 「ニーズって…ふぅ、侮れないねお前は…」 「何だ…?お前達の会話がさっぱり分からん…」 どうやら話が通じ合っているらしい望美とヒノエに、九郎は自分だけ蚊帳の外のような気になってしまい僅かに剥れる。 「だけど心配だからオレもついていくよ、それくらいは良いだろ?」 「…そうね、ヒノエ君みたいに物分りの良い人達ばかりじゃないし…いざって時にヒノエ君がいたら九郎さんの身も安全だし」 やはり九郎だけ置き去りに話が進んでいる。 「それじゃさくっと次に行くわよ、ヒノエ君、九郎さん!」 納得のいかないまま張り切る望美に連れられて、九郎はまた周りの視線を集めながら町並みを歩いた。 |
ACT,3 弁慶の場合 |
目前に聳え立つ小奇麗なマンションを見上げ、九郎は背中を冷たい汗が流れるのを感じながら溜息をついた。 そんな九郎の隣にはやはりニコニコと笑みを乗せている望美と少し険しい顔つきになっているヒノエがいる。 「…望美、俺はあまり気が進まないんだが…」 「ここまできたんだから覚悟決めちゃってよ、九郎さん…ほらつべこべ言わないで歩く!」 元々乗り気でないだけになかなか歩の進まない九郎のそんな言葉に、望美はぴしゃりと言い放って九郎を軽く引っ張る。 そして些細な抵抗は空しく、望美に連れられるままに九郎が辿り着いたのは三階の奥まった場所にある部屋だった。 部屋の前に立つ人影に、九郎の体が僅かに強張り、だんまりを決め込んでいるヒノエの視線がより険しくなる。 「いらっしゃい、望美さん」 穏やかな笑顔でそう言って、その部屋に住んでいる弁慶が側まで来た望美達を迎える。 「…九郎も、そんな風に隠れないで可愛い姿を見せて下さいませんか?」 「あんたに見られたくないんじゃないの?」 望美の後ろで必死に隠れようとしている九郎へ声をかける弁慶を、酷く冷めた眼で見ながらヒノエが間に割って入る。 「…何故君がいるんですか。それに君に勝手に九郎の気持ちを推測されるのは面白くありませんね…」 負けじと弁慶の方も鋭くヒノエを見据える。それを制したのは望美だ。 「はいはい、二人とも落ち着いて!こんな所で本気で睨み合わないでよね」 その原因を作っているのは望美自身では…と思う三人だったが、望美には逆らうだけ無駄というのを熟知している為敢えてその言葉は飲み込んだ。 「で、率直な感想を聞かせて下さい弁慶さん。今の九郎さんの姿、どう思いますか?」 望美は早々に話題を切り替えて本題を口にする。勿論逃げを打つ九郎の体をがしっと掴んで弁慶の目前に立たせてだ。 「…可愛いですね、とても。よく似合っていますよ九郎…」 「…そんな風に言われても全然嬉しくないぞ…」 先のヒノエと似たような事を言われ、そんな事を言われる自分は男としてどうなのかと九郎は頭を抱えたい気持ちになる。 「そう言って拗ねたりしても、可愛さが増すだけだって気付いてますか?だから放って置けないんです、君は…」 「…どさくさに紛れて、何をする…っ、離れろ…」 九郎が困っている隙を突いて自分の方に引き寄せ抱き締める弁慶に、九郎は益々困ったようにそう言って難を逃れようとする。 「…やっぱり油断ならないな、あんた…九郎が嫌がってるだろ、離せよ」 「自分の事は棚に上げてよくそんな事が言えますね、ヒノエ…」 またも二人の睨み合いが始まる、間に九郎を挟んで。 「はいはい、そこまで!」 それをまたもや望美が制して二人から九郎を奪還する。 「もう次に行くからね。ついてくるのは別に構わないけど睨み合いはしない事、それが守れないなら途中で捨てていくからね。これは神子命令、分かった?」 きつく言い放つ望美に、三人は『やっぱり望美には逆らえない』と思うのだった。 |