天空(そら)の底
「ケンくん、危ない!」 僕はそう叫んでケンくんを狙っているファルファレロの前に立ちはだかる。 その声に僕の少し前方を走っていたケンくんが振り返る。 その瞬間、肉の裂かれる不快な音と共に僕の胸にファルファレロのボーラーが深々と突き刺さった。 「…っぁ…」 ボーラーの刺さった僕の胸から血が噴き出して、僕はそのまま地面に倒れ込んだ。苦しい…息がまともに出来ない…。 「オミ…!」 ケンくんが血相を変えて慌てた様子で僕に駆け寄ってくる。そうして僕に負担をかけないように優しく抱き起こしてくれた。 次の瞬間、那岐の攻撃が動けない僕の方に向かってきて、ケンくんは僕を抱き上げてそれを交わしてくれる。 「ケン…くん…ゲホッ、ゴホ…っ」 声を出そうとして僕は大きく咳き込んでしまう。口からは大量の血が吐き出され、僕は自分が置かれている状況がどういったものかを思い知った。多分、僕の体はもう長くない…。 だけど、ケンくんは僕の胸に刺さったままになっていたボーラーを抜いて、傷の応急手当をしようとしてくれる。それが無意味な事だって分からない筈はないのに…。 僕はそんなケンくんの手に自分の手を添え、首を横に振って制止した。 「ありがとう…ケンくん。…でも…解ってる、から…もう…助からないって、こと…」 そこまで言って僕は再び咳き込む。そう…解ってるんだ。自分の最後が刻一刻と迫っている事も、だからといってケンくんが僕を見捨てたりはしないって事も…。 「バカ言うなよ、まだヨージ達ともはぐれたままだってのに、そんな簡単に諦めるなよ!それに今のだって掠っただけだろ…?逃げ延びればまだ助かる手はある…っ」 ケンくんはそう言って必死に僕を励ましてくれる。うん…確かにファルファレロの攻撃は僕の心臓を僅かに掠めただけだ。それでも十分危険な状態だけど、まだ僕は生きてる…。 「このままヨージやアヤに会えなくてもいいのかよ!?」 「ヨージくんに…会えない…?」 そう…ヨージくん達とは途中ではぐれてしまったんだ。もし…僕が先に逝っちゃったらヨージくんは悲しむだろうか…。 そんなのは…嫌だっ。ヨージくんを悲しませたくない…! 「そうだよね…まだ…死ねないよね…。約束したんだもん…死ぬ時は一緒だって…」 でも…このまま瀕死の僕を連れて逃げるなんて、ケンくんの足を引っ張るだけだ…。足手まといにはなりたくない…! 「ねぇ、ケンくん…先に行っててくれる?後から僕も追いかけるから…」 「え?何言ってるんだよ、オミ…?」 僕が覚悟を決めてケンくんに告げると、ケンくんは驚いた顔でそう言う。そして、僕の考えている事が分かっているのかいないのか、僕一人を置いていける訳がないと言ってくれた。…その気持ちだけで僕はもう十分だよ、ケンくん…。 「お願い…先に行って。その方が逃げ易いでしょ?僕は大丈夫だから…ね、ケンくん?」 しつこく僕達を狙ってくるファルファレロ達から僕を庇ってくれているケンくんに、僕が再度そう言うと、ケンくんはしぶしぶといった感じで納得してくれ、申し訳なさそうな顔で僕を見る。 「…ごめん、オミ。絶対…死ぬなよ!」 僕をファルファレロからなるべく引き離してから、ケンくんはそう言って走り去っていった。僕はケンくんの姿が遠くに消えるのを確認してファルファレロと那岐を食い止める為対峙する。 …これでいい…これでいいんだよね?僕、間違った事してないよね…?ごめんね…ヨージくん…。約束を守れなくて…本当にごめん。 せめてもう一度会いたかったけど…その腕に包まれたいけど…僕は…。この命に代えてもここでファルファレロと那岐を食い止めてみせる…!! ビシュッ…と俺のワイヤーが目前の敵・シュルディッヒ目掛けて撓る。その攻撃は上手く相手に命中した。が、それとほぼ同時に一発の銃声が辺りに響いて、俺の身体に鈍い痛みが走った。 辛うじて急所は外れているが、あくまでも辛うじてだ…。俺は無様に血を吐いた。情けなくも地面に膝を突いてしまう。 けど、ヤツも俺と同じように血を吐いて、その毒々しいまでの視線を俺に向けている。首筋に巻きついた俺のワイヤーが肉を断っていても、お構いなしといった様子だ。 「…チッ…相打ちとはな…やってくれるぜ。まさかこのオレをここまで追い詰めるなんてよ…っ。グッ…グハッ」 シュルディッヒはそう毒づいて、そのままばったりと倒れ事切れる。シュルディッヒの首筋に巻きついていたワイヤーがヤツの頚動脈を切ったようだな…。 これで一人、シュバルツを始末した…けどその代償はやっぱでかいか…。情けねぇ…たった一発、喰らっただけじゃねーか…それが命取りになるなんてよ…。 「ハッ…お前もな。しぶといヤツだったぜ…グッ…!」 俺は激しく咳き込む。また血を吐いた、しかもこの量はマジにヤべーだろ…。自分が危険な状態にあるって事を突きつけられてるみてーで嫌な気分だぜ。 俺は次第に重くなってくる身体を地面に横たえ、ふと空を見上げた。全く…嫌な天気だぜ…。暗く淀んだ空を見ていたくなくて、俺はそっと瞼を閉じた。 どれくらいそうしていただろう…暫くしてクロフォードを追っていったアヤが近づいてくるのを俺は気配で察して目を開けた。 「ヨージ…大丈夫か?」 …正直驚いた。あのアヤが俺にこんな言葉をかけるのは本当に珍しい。…まぁそれだけ沢山同じ戦場で修羅場潜り抜けてきて信頼されてるって事だよな。それはそれで悪くねぇかも…。 「…アヤ…悪ぃ…一撃、食らっちまった…しかもでかいのをな…」 俺は苦しくなっている呼吸に途切れ途切れの声で、アヤにそう返した。いよいよやばくなってきたらしい…。 「…俺も無傷で済んでる訳じゃない、気にするな…それよりもまだ動けそうか?」 そう言われてアヤを良くみてみれば、確かにアヤの方も数箇所に斬られた痕や痣などが出来ている。特に致命傷という感じじゃねーみたいだがな。 まぁそれはともかく、俺はアヤの投げた問いに対する返答に困った。動こうにも体が言う事を利かなくなり始めてやがる…。俺にも迎えるべき時がとうとう来ちまったって事か…ハハッ…。まさかこんな形で…しかもオミとはぐれたままで逝く事になると思わなかったけどな…。 けどな、ただで倒れてやる程俺はお人好しじゃない…。まだ敵は生き残ってる…なら俺のやるべき事は…もう分かりきったものじゃねーか。 「アヤ…先に行け!行ってケンとオミに合流しろ…ここは俺が引き受けてやるからよ…」 俺がそう言ったらアヤは、何を血迷った事を…といった表情で俺を見た。 「ヨージ…何を言って…正気か!?」 ハハ、やっぱり俺の予想通りの言葉を返してきやがった。けど、こればっかりは口出しさせねぇ。 「…頼む、オミとケンを…守ってくれ…俺を仲間として認めてるなら頼まれてくれよ、アヤ!」 俺が渋っているアヤに強くそう言い放つと、アヤは俺の意志が固い事を理解したらしく頷いた。 「ヨージ…死ぬな…必ず、後を追ってこい…必ずだ!」 アヤのその言葉に、俺は当然だと言わんばかりに自信に満ちた顔で応える。それに安心したのか、アヤは駆け出して次第にその姿が視界から遠ざかり完全に見えなくなった。 俺は自由の利かない体を叱咤して何とか立ち上がる。ふらふらで今にもまた倒れ込んでしまいそうだけど、それでもここで倒れる訳にいかねぇんだ…!そうだろ、アヤ…ケン…オミ…? 絶対にここでクロフォードを食い止める…果てるのはそれからでも遅くねーよな、オミ…?お前は生きろよ…俺がクロフォードをここから先には行かさねぇからな! 「おい、クロフォード!俺が相手になってやるよ…こそこそしてねーで出てきやがれ!」 俺は覚悟を決めて、姿と気配を隠して潜んでいる敵へと怒鳴りつけた。 Next |