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どれくらい、ぼんやりと虚空を見つめていただろう。 固まったように動かない体と、鈍い痛みを訴える心に何かを考えるのさえ億劫で、何度目か分からない溜息を吐き出す。 (何であいつ…あんな事、したんだ…?分かんねぇよ…) 何とか辛うじて動かせる手で前髪を掻き揚げて苦悩の表情を浮かべる。強引で粗野で、けれど確実に自分を追い上げていったイノリに、疑問ばかりが脳裏を漂う。 (まるで…熱い炎に焼かれているような、感じだった…逃げたいのに、逃げられなくて…) 何かに操られるように抵抗する力を失って与えられる行為に溺れた体は、まだ微かに熱を持っているかのようで。 キュッと唇を引き結んで、じっと体力の回復を待つしか出来ない。そうでもしなければ、正気でいられそうになかった。 突如カタン、と扉の開く音がした。ビクリ、と天真の体が強張る。 (…イノリが戻ってきたのか…?まさか、あいつじゃない、よな…頼久な訳、ない…) 頭を過ぎる嫌な予感を振り払おうとするが、暗闇の中ではすぐには近づいてくる者が誰であるか確認し辛い。出来れば赤の他人であって欲しい、イノリや頼久ではなければ…と願うが、現れた者の姿に天真は自分の予感が的中してしまった事を痛感した。 「…頼、久…!?」 地面に横たわる自分の姿を驚愕の顔で見下ろす頼久の姿に、内心の動揺を隠せもせずに天真はその名を呟く。 声が、まだ回復しきっていない体が、否応なしに震えるのが自分でも分かって嫌になるが、それさえ構っていられる余裕はない。 「…天真…その、姿は…」 言葉を途切らせて呟く頼久は、無残に暴かれた天真の肢体に釘付けで、見られている事を感じた天真は慌てて上手く動かない体を腕で隠す。 「…そんなに、見るなよ…こんな、情けない、姿…見られたくねぇ…」 頼久の顔も見ていられなくて視線を逸らし、何も追求せずに去って欲しいと願いながらそう洩らす。 本当は、見捨てられたくない。想いを告げられずとも、無理やりに奪われ捻じ伏せられた心の救いになって欲しい。 そう、思いながら、それを頼久に強要する事も出来ない。 「…何を、していたのだ…私の注意を無視して夜半に、このような所で…」 僅かに怒気を含んだ頼久の声に天真はまたも体を強張らせる。 確かに以前夜半に出歩かないようにと厳重注意されたが、今回は昼間に呼び出されて意識を取り戻した頃には夜を回っていただけの事。追求されるのはお門違いである筈だ。 それでも、低い頼久の声は天真がその事を咎めるのを許そうとはしていなかった。 「…それ、は…」 どう答えていいのか分からず、天真は歯切れ悪く言葉を途切れさせた。 肌を刺す頼久の視線の鋭さに戸惑い、琥珀の双眸が揺れ動く。 「答えられぬか…?私には言えぬような事を、ここで…していた訳だな…?」 何があったのか、それくらいはこの天真の様子を見れば想像するのは難くない。おそらくそれが天真の意思ではなかったにしろ、いや…天真の意思でなどあって欲しくないと、そう思いながら、けれど頼久の心には暗く渦巻くものが確実に息づき始める。 押さえ込むような、それでいて明らかに怒っているのが分かる声で尋ねた頼久に、天真はビクッと体を硬直させた。 「…っ…」 唐突に。 視線を逸らしたまま強張っている天真の体へ、頼久は弾かれるように距離を詰め覆い被さって、動けないままの天真の顎を捉えた。そのまま、強引ともいえる様子で天真の唇を自分の唇で塞ぐ。 「…んっ!?…んん…っ、ん…っ」 あまりに突然な頼久の行動に、動揺に瞳を見開いて声を上げる。が、塞がれた唇からはくぐもった声しか出ない。 腕を捕られ、顎を固定されて歯列をなぞるように口付けてくる頼久から、逃げる事も出来ない。 「…私との約束を破り外へ出て、ここで誰かに体を許したというのか、お前は…!?」 唇を解放し怒りを露に頼久は声を荒げる。きつく天真の手首を掴み、全身で無抵抗な天真の体を押さえ込んで、強い語気で告げられた言葉を、天真は信じられない思いで聴いた。 「違っ…俺は、約束を破るなんて…体を許すなんて…そんな事…っ」 きつく掴まれている腕に感じる痛みに表情を歪めながら必死で誤解を解こうとするが、頼久がそれを納得する様子はなく。 「ではその体に残る痕は何だ…?…答えられぬのだろう…?」 クッと、揶揄するような笑いを浮かべる頼久を見上げ、体に残る動かぬ証拠に歯噛みし口を噤んでしまう。 それが、頼久が内心に押し込めていた感情をより引き出すとも気づかずに。 頼久の掌が天真の剥き出しの肌を滑る。あの時の、イノリのように。 「…許さぬ、お前の信頼を失わぬ為にこの想いを抑え込んできたが、もう…抑えてなどやらぬ…!」 肌を滑らせている手でグッ、と天真の萎えていた中心を握り込む。口付けを鎖骨へ落とし、舌を這わせて舐める。 常にない冷静さを欠いた頼久の様子に、天真は恐怖を覚え震えた。 「…頼、久…っ?ゃ…ぁ、待って…ぁ…んっ」 「…他の誰かにもこうして抱かれたのだろう…?今更拒んでみせずとも、欲しがればいい…おとなしく私に抱かれろ…」 薄暗い部屋の中で、そう告げる頼久の声は不気味な様相で響いた。 |
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