3
冷ややかな冷笑と共に告げられた言葉にズキン、と胸が痛む。相変わらずの刺すような視線に戸惑う余裕さえなく、追い詰めるように掌に閉じ込めた箇所を攻め立てられる。 「っ…!?…は、ぁ…ゃ、お前、何か…誤解、して…あっ、何で…?」 頼久がこの姿に軽蔑するのではないかという危惧はしたものの、このようにイノリが自分に強いた行為と同じ事をしてくるなど、天真は予想だにしていなかった。あまりに予想外の展開で、脳裏には疑問ばかりが浮かぶ。 「…お前は無理を言う…この状況で誤解しない訳がないだろう…そんな姿では、説得力もないな…」 舌を胸元へ這わせ握り込んだ前を刺激しながら、自分の及ばぬ所で体を開いた天真を責めるように言葉を紡ぐ。 掴んだ手首は地面に縫いつけたままで、天真を逃がそうとしない。 「…それ、は…んっ…ぁ、頼久…ゃ、嫌…だ…こんな…こんなのは…っ」 頼久を好きだから。 それは言葉にする事は出来なかった。どんなに心が軋む音を立てていても、天真はその想いを口には出来ない。 頼久の事を想う心は、出来るなら気持ちを通わせた上で抱かれたいと願うが、本意ではないとはいえイノリに抱かれてしまった後ではそれを願った所で言い訳にしかならない。 「…私とは出来ないなどとは言わせぬぞ…天真…っ」 強く、掌の中のものを刺激して吐き捨てるように呟き、頼久は勢いに任せて噛み付くような口付けを天真に与える。 再び塞がれた唇に、今度は舌まで差し込まれ、天真は苦しげに息を上げた。 「んん…っ、ふ…ぅん…っ…んっ、んん…っ」 ジン、と痺れる手首と、壊されていく心と…届かない、伝わらない想い。 気が、おかしくなりそうだった。 本当に壊れられたなら、少しは楽になれたのかもしれない。 けれど、皮肉にも天真の理性は壊れる寸前で正気を保っていた。 (…これは、罰だ…あの時、イノリから逃げられなかった俺の罪への、罰…) 既にイノリの手に落ち、今なお頼久によって深い所へ堕とされていく心と体を自覚しながら、天真は霞む思考の中己を責める。 自分には、イノリや頼久を責める資格など、ない。どんなにそれが不可抗力でも、抗いきれなかった自分が悪いのだ。 「…自分の非を認めたか?静かになったな…お前は私の信頼を裏切った…お前が私の守ろうとしていたものを壊したのだ…その罪は、償わなくてはな…?」 お前自身の体で…。 低く、重い声で耳元へそう囁かれて、ゾクリと天真の体が戦慄く。 イノリに抱かれ快楽の味を覚えてしまった体は天真の意思に反して容易く反応してしまう。 二度も、思いの通じ合わないまま、しかも今度は自分が密かに想っていた者に誤解されたまま抱かれるという例えようのない恐怖に、底のない漆黒の中へ堕ちていく感覚を、天真は覚えた。 廃屋の戸口付近に立ち、イノリは中の様子を探った。薄暗い中に感じる二つの気配に、少し到着が遅れた事を悟る。 (チッ…あいつもう来てやがったのかよ…!) おそらく頼久が中にいる天真に手を出している事は、時折漏れてくる天真の甘い声から想像出来る。勿論頼久に信頼を寄せている天真が本気で頼久を拒む事は出来ない事も、分かっていた。それ故に、歯痒さとイライラを噛み締めて小さく舌打ちをして。 (しかも、やってる事はほぼオレの予想通り…くそっ、このまま好きにさせて堪るかよっ) 熱く身の内を渦巻く猛りに従うように、イノリは壊してしまいそうな勢いで扉を開け放った。 勢いよく戸口の開く音に頼久と天真は、互いにそちらに意識を一瞬奪われる。頼久はその音の主を警戒し、逆に天真はそれが席を外していたイノリだろうとやけに冷静に判断していた。 ずかずかと二人のいる場所まできたその姿を、頼久は驚愕の目で、天真はやはりという思いで見やる。 「…イノリ…!?何故お前が…」 頼久が姿を見せた意外な人物に向かい驚きのままに呟く。それをイノリは一瞥してあっさり無視して。 そのまま天真へ近寄って、わざとらしく頬を撫でて口付ける。 「…オレが出てた間に起きてたんだな、天真」 クス、と笑い、頼久の前に天真を抱いていたのは自分だと、言外に頼久に見せつける。天真が不味いと思うのと、頼久の顔が引きつるのはほぼ同時だった。 「…まさか、お前が天真を…!?」 動揺を露にして声を上げた頼久を、不敵な笑みを浮かべながらイノリが見据える。そうしながら、天真のもう片方の腕を捕らえて。 まるで奪わせないというように、天真を少しずつ引き寄せながら。 「…ご名答。そう…オレが天真をここに連れ出して、抱いた…お前より先にな」 クッと微笑し、苛立ちを隠しもせずに睨みつけてくる頼久を睨み返す。掴んだ腕から天真がカタカタと震えているのが分かるが、ここで引き下がる気はイノリにはない。 それは自分よりも先に天真を抱いたイノリへの怒りに険しい顔をしている頼久も、同様だった。 「…どういう、つもりだ…イノリ…っ?」 「どういうもこういうも…天真が欲しいから抱いた、誰かに奪られる前に行動に出ただけだ」 間に天真を挟んだ状態で、互いに互いを鋭く睨みつけ合う。天真にはもう、何がどうなっているのか思考が追いつかなかった。 ただ、両の腕を捕らわれ逃れられないまま、冷ややかな戦いを始めた二人を戸惑いの眼差しで見やるばかりだ。 「…お前だって、今天真に手を出してたんだろ?オレにとやかく言える立場じゃないんじゃねぇ?」 揶揄するように、いや、貶していると言った方が正しいのか、イノリは冷ややかな視線を向けて冷たく頼久へ言い放つ。 それを真っ向から受けて、頼久は負けじと反論を返した。 「…そういうお前は連れ出した天真に無理を強いたのではないのか?それもあのような姿でここに放り出したままにするなど…っ」 自分がここへ来た時の天真の姿を思い出し、強く怒気を潜ませた声で告げる。イノリの言い様に、ただ天真を抱き人形にしたのかという怒りが沸々と湧き上がってくるのを頼久は隠そうともしない。 「じゃあ何?お前なら労わってやれるとでも言うのか?…へぇ…オレと同じ状況になってもそういう事が言えるってのかよ?」 クックッと喉の奥で微笑いながら、しかしその目は少しも笑っていない。激しい焔を滾らせた灼熱の視線は、イノリの内の想いの深さを物語っている。 けれど、想いの深さは頼久とて負けているとは思っていない。頼久も強く深く天真の全てを欲しているのだ、このままイノリのいいようにさせるものかと、鋭く視線を尖らせてイノリを見据える。 「…何が言いたい…?下らぬ戯言を言うならお前とて容赦はせぬぞ…」 ギリ、と…天真の手首を掴むイノリと頼久の手それぞれに力が籠められる。 「…痛っ、手…痛い、頼久、イノリ…痛いって…っ」 強く掴まれた手首の痛みに顔を顰めながら訴えるが、激しい睨み合いを続ける二人には天真の必死の叫びも届かない様子だ。 その、天真の様子には気付かないで、イノリは激しいまでの感情を言の葉に乗せて吐き捨てるように告げる。 「…好きになった奴が、別の奴に…お前に無条件の信頼寄せてるのなんて見ちまったら、黙ってなんかいられる訳ないだろ…!?お前だったらどう思う?天真が自分以外の奴を強く信頼してるのを見たら…どう思う!?」 遠目にその様子を見ながら悔しさに唇を噛み締めた時の事を思い返しながら、勢いのままに捲し立てた。 その言葉に頼久はその状況を想像し、まさに自分以外の誰かに天真が抱かれたと知った時の自分の様子からも、それがどれ程の苦痛なのか理解する。 確かにあの瞬間自分は冷静さを欠いた。それまで大切にしてきた天真との関係を壊してまで、天真を無理やり組み敷いた。 イノリの言い分は痛い程に分かる。 それでも。 それでも天真をみすみすイノリに奪われるなど出来ない。渡す訳には、いかない。 頼久は静かなる炎を内に潜ませ、再びイノリと対峙する。 「…もし私がその立場ならそうなっていたかも知れぬ、それを否定はしない。だが、私も天真を恋い慕う者としてお前に天真を譲るつもりはない…」 「…そう言うと思ったぜ、けど、オレも諦める気なんてねぇからな…今更、天真を好きだっていうこの気持ちを捨てられるかよ…!」 そう言ってどちらから先だったのか、互いを牽制しながら触れてきた二人に、好きだと言われた事にも驚き戸惑う余裕さえなく。 まるで蜘蛛の糸に絡め取られた獲物の如く、天真は逃れられない事を頭の片隅で理解した。 |
前へ 次へ