「それは…ヒノエ、だ…」 九郎の口から出た名前は、望美も良く知る人物であった。 ヒノエ―八葉の一人で天の朱雀。その実態は熊野の地を治める別当、藤原湛増。 まだ年若いが思慮深く統率力に長け、熊野水軍の長とは思えない整った顔立ちの美少年である。 「ヒノエ君が九郎さんの恋人なんですね?何となくそうじゃないかなーって思ってたんですけど、思ってた通りで嬉しいですv」 喜色満面の顔で念を押す望美に九郎は、照れ臭そうに頬を染めて押し黙る。ただでさえ恋愛ごとには慣れていない九郎だ、改めて自分の恋人の存在を認識するのは気恥ずかしくて仕方ないのだろう。 「それじゃあ早速次の質問に移って行きますね。九郎さんがヒノエ君とそういう仲になったきっかけって何ですか?」 自分より五歳も年下の恋人の事を望美に聞かせるという事に照れて口を開けないでいる九郎を気にも留めず、望美はさっさと次の質問を九郎へと問いかけてきた。 しかし、最早言い逃れようにも望美がものすごい凄みを帯びた目で九郎の返答を待っているから、それは叶いそうにない。 「…きっかけ…それはつまり馴れ初めを話せ、という事か…?」 九郎は観念したのか、望美が何を訊きたがっているのかを確認する。すると、鼻息も荒く望美は声高々に力説する。 「ええ!そこに至るまでのプロセスってものがあるでしょう?私はそれを聞きたいのっ」 「…ぷろ、せす…?…何だか良く解らないが…解った」 九郎がそう言って納得すると、望美は待ちきれない様子で九郎へと詰め寄って、九郎がヒノエとの馴れ初めを話すのを促す。 「さぁさぁ、早く聞かせて下さい…っ☆」 望美の常にない剣幕に少々(いやかなり)たじろぎつつ、九郎は望美に要求された事を話し始めた。 「…初めは、ヒノエが俺に声を掛けて来て…八葉として出会う少し前の事だ。京の事を知りたいと言うヒノエを、手の空いた時間を使って京を案内してやってたんだ」 当時の事を思い返しながら話す九郎に、望美は心底満悦と言う顔で一語一句逃さずに聞いている。 「じゃあそうやって京を案内してあげてる内に仲良くなった訳ですね?」 九郎が少し話しただけでいろいろと憶測できた望美は、すぐさまそんな風に尋ねる。それに九郎がまぁそんなところだ…と照れながら言うと、望美は続けてまた新たな質問を持ち出す。 「それが恋に変わったのはどっちが先なんですか?やっぱりヒノエ君の方かな…惚れっぽそうだし」 「…ヒノエの方が、先だ…」 望美が質問に続けてまた憶測していると、小さく九郎が呟いた。ヒノエの方が自分より先に恋愛感情を自覚していたと言いたいのだろう。 「やっぱり♪九郎さん、その辺もう少し詳しく聞かせて欲しいです、具体的にはどんな感じだったんですか?」 良く当たる自分の憶測に望美は更に上機嫌で九郎に深く掘り下げた所まで訊こうとする。 「…本当は出会いよりも先にヒノエは俺の事を知っていた…俺に声を掛けたのも、俺に興味を持っていたからだとヒノエは言っていたな…」 「え?そうなんですか?じゃあもしかして…ヒノエ君の一目惚れだったとか!確かに九郎さんの名前は有名ですし、名前で興味を持って本人を見てみたら益々…っての充分ありえますね!」 それまで以上に気分が高揚した様子で一気に捲し立てる望美に、九郎は瞬時に失言したと思った。が、後悔先に立たずとは良く言ったものだ、言ってしまった言葉を取り消す事はもう出来ない。 「…いや、正確にはヒノエは俺が従兄弟だと言う事を知っていて、それで声をかけてきたんだ…俺はそんな事少しも知らなかったのに…」 「わvわvそれって何か萌え〜v九郎さんはヒノエ君と従兄弟だって事を出会うまで知らなかったけど、ヒノエ君はそのもっとずっと前から知ってたって事でしょう?何て美味しい関係…v」 失言したと思った事で動揺してしまった九郎は自ら墓穴を掘る発言をしてしまい、それに望美が即座に反応してうっとりとした顔でミーハーな腐女子魂を如何なく発揮する。 「もえ…?…お前は時々良く分からん言葉を使うな…」 「もー、九郎さんその反応が可愛すぎっv襲いたくなっちゃう…っ、うん、ヒノエ君が九郎さんを選ぶの解る気がするわv」 一人でヒートアップしていく望美に呆気に取られつつ、その発せられた言葉の中に望美が言ったとは思いたくない言葉を聞き取ってしまい、九郎は冷や汗が背中を走るのを感じた。 「…望美…?今さらっと信じ難い事を言わなかったか…?」 九郎の聞き間違いでなければ望美は確かに『襲いたくなる』と言った。女性の望美が男である九郎を襲いたくなるとはどういう心境なのか、九郎には到底理解出来ない。 「え?嫌だ九郎さん、私が何を言ったって言うんですか?」 しかし、焦る九郎とは反対に望美はそ知らぬふりでさらりと九郎の問いかけを受け流してしまう。神子という権限を有効活用している望美に九郎が何を言おうと敵うべくもないのだ。 「やれやれ、流石は神子姫様…なかなかやり手だね。ねぇ、九郎?」 「うわっ、ヒノエ…っ?」 不意に呼ばれてもいないのに姿を見せたヒノエに腰を抱き寄せられながら訊かれ、九郎は驚いて声を荒げてしまう。 「ヒノエ君…呼んでいないのに来てくれるなんて、良く解ってるよねv」 「いや、お前程じゃないよ。オレを煽る為にわざわざあんな事を言ったりするんだからね…ふふ」 何だか二人の間で話がすんなりと進んでいく事に九郎はただただ混乱するばかりで。 「…?お前達何を言ってるんだ…?」 状況を全然解っていない九郎の様子に望美とヒノエは二人して九郎の顔をまじまじと見ては微笑ましいといった表情を浮かべる。 「…本当に九郎さんって何もかも可愛いわね…頑張って、ヒノエ君!」 「神子姫に応援されるなんて光栄だね…特別にもっと可愛い九郎を見せてあげようか?」 グッと握り拳で力強い応援の言葉をかける望美に、クス…と微笑みながらヒノエはそう言うと、抱き寄せたままの九郎を更に腕の中深くへ閉じ込めてしまう。 「え?いいの?見たいv見たいv」 「じゃあ良く見てなよ…?」 最高級に上機嫌の望美が浮かれ気味に要望すると、ヒノエは九郎の顎に手を掛け顔を自分の方へ向けさせてその唇に噛み付くような口付けをした。 「…ヒノ、んっ…んん…っ」 「きゃ〜〜〜〜〜vvv」 言いかけた言葉を飲み込まれてくぐもった声を上げる九郎の声と望美の歓喜に満ちた黄色い声が重なる。 「…は、ぅん…んっ…ん…っ」 「いや〜ん、九郎さん可愛い〜vvv」 ヒノエが角度を変えて口付けを深くすれば、上手く息を継げずに切なげに瞳を伏せて九郎はされるがままになっている。 そんな二人の様子に望美は興奮してまたも黄色い歓声を上げて。 見せ付けるように何度も口付けを繰り返すと、それまで九郎の腰を支えていたヒノエの手がそろりと下方へ降りていく。そして布越しに反応しかけているモノに触れた。 ピクン、と九郎の体が小さく震える。 「っ…ヒノエ、何を…っ?」 また角度を変える為に唇が離れた隙に九郎はヒノエの行動を咎める。明らかな誘いの合図に、動揺してしまうのは無理もない。 何しろここは屋敷の中とはいえ自分達の部屋ではない。その上望美がいるのだ、ここで先の行為に及ぶなど九郎にとっては痛恨である。それも誰が突然姿を見せるか解らない。あまりに危険だ。 「…つれないね、九郎…もっとオレにお前を感じさせてよ…?」 けれどすっかりその気になっているヒノエは九郎が戸惑っている事も気にせず、更に先の行為へと進むべく九郎を床へと押し倒す。 「いけっ、そのまま行っちゃえヒノエ君!」 「ほら…神子姫もご所望だよ九郎…観念して覚悟決めちゃえって…」 乗りに乗った望美の暴言に煽られヒノエまでそんな事を言って俄然やる気になっている。九郎が何か反論を返すよりも先にヒノエの手は九郎の帯を解き始める。 流石に本気でまずいと思った九郎は、混乱に陥る思考の中、何とか口を開く事に成功した。 九郎が焦りの中言った事は…。 A,「だ、駄目だ…こんな所じゃ…せめて部屋に…っ」 B,「え…?…あ、ま…待て…ヒノエ…っ」 |